(G)I-DLEが5月15日にリリースしたミニアルバム『I feel』よりミュージックビデオが制作された2曲、「Queencard」と「Allergy」を解説します。
新生(G)I-DLEの快進撃
オリジナルメンバーのスジンの脱退という苦境を乗り越えて、2022年から5人体制でリスタートした(G)I-DLEの快進撃が止まりません。彼女たちの最近作の韓国国内でのセールスは鰻登り。「TOMBOY」を含むアルバム『I Never Die』(2022年3月14日)が約27万4000枚だったのに対し、「Nxde」をフィーチャーした『I love』(2022年10月17日)は一気に跳ね上がって約85万4000枚を記録。初の全米アルバムチャート入りも果たしました(71位)。
そんな2022年の躍進を受けて登場した『I feel』も引き続き絶好調。韓国でのセールスは早々と100万枚を突破。全米チャートでも『I love』の71位を大きく上回る最高41位を記録しています。
この『I feel』の好調ぶりの原動力になっているのが、「Allergy」と「Queencard」の2曲。「TOMBOY」も「Nxde」もかなりコンセプチュアルに作り込んだ練りに練られた作品でしたが、今回はそれ以上と言えるかもしれません。2曲ともプロデュースを務めているのはもちろんリーダーのソヨン。「Nxde」のときと違って事務所側も彼女の提案に好反応だったそうです。
傑作ラブコメ映画から得たヒント
「Allergy」と「Queencard」はミュージックビデオも含めて連作になっていますが、この2曲のテーマは自己肯定や自尊心について。メンバーは両曲を作るに当たっての最大のインスピレーション源としてラブコメ映画の大傑作、2018年公開の『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』を挙げています。
『アイ・フィール・プリティ!』は、容姿にコンプレックスがあることからなかなか自分に自信をもてないでいる化粧品会社勤務のレネー(エイミー・シューマー)が主人公。彼女は自分を変えようとジムに通い始めますが、エクササイズ中に頭を打って気を失ってしまいます。
目が覚めたレネーはなぜか自分が絶世の美女になったと思い込み、それに伴って性格も超ポジティブに大変身。一転して自信に満ちあふれた彼女は仕事も恋も絶好調になるのですが……というお話。
ざっくり言うと「美しさに規準なんてない、そのままでいいんだ!」というメッセージを持つめちゃくちゃ元気が出る映画なのですが、すでに『アイ・フィール・プリティ!』をご覧になった方であれば「Allergy」と「Queencard」のMVが思いきり影響を受けていることがよくわかるはず。まだ未見のNEVERLANDの皆さん((G)I-DLEのファンの皆さん)はかなりおもしろく見られると思います。
Allergy:鏡なんて嫌い!
まず先行で公開された「Allergy」からチェックしていくと、音楽的にはここ数年アメリカを中心にリバイバル中のAvril Lavigneあたりを彷彿とさせるポップバンク調。これは「TOMBOY」の流れを汲んでいるとも言えるでしょう。
メンバーのシュファは韓国のロックバンド、Cherry Filterの「Flying Duck」(2003年)を「聴くだけで自信を持たせてくれる曲」としてお気に入りに挙げていましたが、本来飛べないアヒルが空を飛ぶ夢を見るというメッセージの「Flying Duck」は音楽面はもちろん、歌詞の面からも(G)I-DLEが『I feel』で標榜する世界観と重なるものがあると思いました。
「Allergy」はMVのティーザーに「鏡が嫌い」との副題がついていましたが、このタイトルが具体的に意味しているのは「鏡アレルギー」。歌詞では自分の容姿や性格に自信が持てないSNS時代に生きる女子のコンプレックスが赤裸々に綴られています。
歌詞中で目を引かれるのは「私だって『Hype Boy』を踊りたいけど鏡の中の私は『TOMBOY』みたいで笑っちゃう」との一節。これはもちろんNewJeansのヒット曲「Hype Boy」(2022年)へのリファレンスですが、自分たちの代表曲である「TOMBOY」(「お転婆」「ボーイッシュ」などの意)を引き合いに出すユーモアが洒落ています。
MVはおおむね歌詞を映像化したような構成。ソヨンは劣等感に苛まれている女性を演じていますが、彼女は(G)I-DLEとしてデビューする前、オーディション番組で「実力はあるが可愛くない」と言われて苦しんだことがあるそうです。
これはオーディションを受けた際に審査員から「あなたは個性が強くて歌もダンスもうまいが太っているし可愛くない」と言われたMAMAMOOのファサのエピソードを彷彿とさせますが、この二人はそんな状況から「それならば自分が新しい美の基準を作る!」と誓って実行に移したというわけです。ソヨンはインタビューで当時を回想して「自分の顔を鏡で見て腹が立った」と話しているので今回の楽曲には少なからず自身の実体験も反映されているのでしょう。
ソヨンが「これまでは教訓を与えるような音楽をやってきたが今回は『アイ・フィール・プリティ!』のモチーフに沿ってメッセージをコミカルに表現したいと思った」とコメントしているように、MVの作りは『キューティ・ブロンド』(2001年)や『ミーン・ガールズ』(2004年)などに代表されるアメリカのY2Kな学園映画風。ポップバンク調の楽曲もおそらくあのころのティーンムービーの主題歌を意識したのだと思います(なお、ソヨンは「コンセプトはハイティーンだが表現したかったのは20代の日常」とも話しています)。
ソヨンが説明していた通り「Allergy」のMVはコミカルな演出が施されていて基本的には楽しく見ていられるのですが、中盤から後半にかけて意外な方向に展開していきます。自分に自信が持てないソヨン演じる主人公は整形手術をすることを決意。手術室に入って、全身麻酔をかけて眠りについたところでMVは幕となります。
Queencard:鏡と恋に落ちた
そして、この物語は「Queencard」のMVに引き継がれていきます(連続ドラマ風に前回までのあらすじから始まる構成)。先に音楽面に触れておくと、一聴して連想したのはBlurによるブリットポップを代表するヒット曲「Song 2」(1997年)。「Allergy」でのポップパンクもそうですが、この2曲はMVだけでなく音楽的にもY2Kがキーワードになっているのでしょう。
「Queencard」(「いちばん可愛い女の子」「マドンナ的存在」の意)はティーザーのサブタイトルが「鏡と恋に落ちた」となっていたように、歌詞は「Allergy」から一転して自信に満ちあふれた女の子が自身の美しさを誇示する内容。「月曜から日曜まで私の可愛さに休みなんてない」「こんなに可愛く生まれて毎日に感謝」「キム・カーダシアンやAriana Grandeばりに最高にイケてる女」などのパンチラインが繰り出されていきます。
MVも歌詞のトーンに沿って進行。整形手術によって理想のルックスを手に入れて自信を得たソヨンがクラブやストリートに繰り出してはどやりまくります。そういえば歌詞にアリアナの名前が入っていることで気づいたのですが、Y2Kのティーンムービーを参照した今回の連作のMVは彼女が2018年に放った全米ナンバーワンヒット「thank u, next」のMV(『キューティ・ブロンド』『チアーズ!』『ミーン・ガールズ』『13ラブ30』などのラブコメ映画/学園映画をオマージュ)に着想を得たのかもしれません。
余談ついでにもうひとつ。クラブでのダンスバトルシーンはおそらくアフリカ系の刑事が潜入捜査のために白人のギャルに女装するドタバタコメディ『最凶女装計画』(原題『White Chicks』)が元ネタかと。こちらも『ミーン・ガールズ』と同じ2004年公開作品です。
話を戻すと、実はソヨンは美しく生まれ変わったと思い込んでいるだけで彼女の容姿は以前とまったく変わっていないことがMVの途中で明かされます。これは完全に『アイ・フィール・プリティ!』のアイデア踏襲したもので、整形して自信に漲ったイケイケのソヨンの姿は麻酔をかけられていた彼女が整形手術を行う前に見た夢だったのです。
これを受けてソヨンは自信を持って堂々と振る舞えばありのままの自分を愛してくれる人たちがいることに気づくと共に、イケてるように見える憧れのクイーンたちもそれぞれ不安やコンプレックスを抱いていることを悟ります(これも『アイ・フィール・プリティ!』のプロットをなぞった展開)。
この結末は整形手術を否定するように受け取れるかもしれませんが、最後に映し出される「I feel you」のメッセージにはきっと「あなたの生き方を尊重する」との意味も含まれているのだと思います。
リーダーが語る快進撃の裏事情
目下無敵状態の(G)I-DLEですが、ソヨンは『I feel』リリース後の韓国版『コスモポリタン』のインタビューで「デビューからずっと私がタイトル曲を作ってきたのでもうアイデアがない。今回も締め切り一ヶ月前でもまだ曲ができていなかった」とグループの内情を打ち明けています。
そしてガールグループ群雄割拠の現状で気になる存在を問われると、「すべてのグループを尊敬する」と断った上で「NewJeansやIVEやLE SSERAFIMを手がけるプロデューサーの存在を脅威に感じる。彼らが次にどんなアイデアを出してくるか、考えるだけでもおそろしい」と冗談交じりに話していました。
実際、リリースのたびにキャリアハイを更新していく中で毎回これだけのインパクトを持つコンセプトとメッセージを打ち出していくのはたいへんなプレッシャーだと思いますが、デビュー以来セルフプロデュースを貫き通す(G)I-DLEは世界的に見ても貴重なガールグループ。大規模なワールドツアーと88 Risingとのタッグによる完全英語詞のEP『HEAT』のリリースを経た彼女たちの「次の一手」にはいやが上にも期待が高まります。