NewJeansのヒットシングル「Ditto」と「OMG」を主にサウンド面から解説します。
初のカムバを飾った強烈な一撃
2022年8月にEP『NewJeans』でデビューするとK-POPガールグループのセールス記録を次々と更新、総合プロデューサーを務めるミン・ヒジンの「K-POPのヒットのセオリーを打破したい」との言葉通りに従来のゲームの流れを変える強烈なインパクトをシーンに及ぼしたNewJeans。そんな彼女たちにとって最初のカムバになったのが2022年12月19日リリースの「Ditto」、そして2023年1月2日リリースの「OMG」でした。
これがまた、あのデビュー時の快進撃の余韻をもばっさり断ち切るぐらいの強烈な一撃でした。リリースのタイミングも絶妙だったと思います。年を挟んだ年末と年始の新曲発表は、まるでいま誰がこのゲームのイニシアチブを握っているのか、自らの勢いを誇示しているようにも受け取れました。
「Ditto」と「OMG」の衝撃は音楽はもちろんのことミステリアスなミュージックビデオによるところも大きく、むしろ当初はMVの話題が先行していた印象すらありました。それぞれNewJeansもしくはK-POPアイドルへのメタ的な描写を含んだ連動した内容で、公開直後はそのストーリーに込められたメッセージをめぐってたくさんの考察がインターネット上に飛び交っていましたが、ここではこの2曲をあえて音楽面に絞って解説していきたいと思います。
EP『NewJeans』でデビュー時のNewJeansは音楽的に「Y2K」がひとつのキーワードになっていましたが、「Ditto」と「OMG」はそのイメージを維持しつつも現行の欧米ヒップホップ/R&B/ダンスミュージックのトレンドにぐっと寄せてきた印象です。
「Ditto」サウンド解剖:ボルチモアクラブ編
「Ditto」で取り入れているのは、ボルチモアクラブとジャージークラブ。まずボルチモアクラブは1980年代後半から1990年代前半にアメリカのメリーランド州ボルチモアで生まれた(ざっくり言うと)ヒップホップとハウスを融合させたダンスミュージック。2000年代半ばに本格的に流行して日本のクラブシーンでもそこそこ話題になった記憶があります。当時は「Bモア」あるいは「ボルチモアブレイクス」とも呼ばれていました。
ボルチモアクラブのサウンドの特徴としてはファンクの名曲、James BrownファミリーのLyn Collinsによる「Think (About It)」(1972年)のドラムブレイクがひとつのシグニチャーになっています。下の動画では1分21秒あたりからが該当部分になります。
このLyn Collinsの「Think (About It)」のビートはヒップホップをはじめとするダンスミュージックにおいて定番ネタになっていますが、それを決定づけたのがRob Base & DJ EZ Rockの「It Takes Two」。1988年当時アメリカでミリオンセールスを記録した大ヒット曲です。
その「It Takes Two」を通過した「Think (About It)」使いによるボルチモアクラブの代表曲が、「ボルチモアクラブのドン」ことDJ Rod Leeの「Dance My Pain Away」(2005年)。ある意味、「Ditto」を解体して骨組みだけにしたような曲です。
「Ditto」の疾走感を生んでいる小気味良いビートは、このボルチモアクラブのテンプレといえる「Think」のドラムブレイクをモチーフにしています。「Ditto」を聴き込んでいる方であればすでに共通したものが聴き取れると思いますが、ひとまずはこのビートを頭に入れておいてください。
「Ditto」サウンド解剖:ジャージークラブ編
そして、このボルチモアクラブから派生したのがジャージークラブ。「Ditto」にはボルチモアクラブだけでなく、ジャージークラブのエッセンスも含まれています。ジャージークラブは2000年代後半にニュージャージー州ニューアークで誕生したダンスミュージックで、Drakeが2022年6月にリリースしたアルバム『Honestly, Nevermind』で取り入れたことが契機になって本格的に流行しました。
ジャージークラブは当然ボルチモアクラブに似ているところもあるのですが、わかりやすいポイントとしては1小節にバスドラム(キック)が「ドンドン、ドッドッドッ」と5回入ること。ハウスミュージックの特徴としてバスドラムの「4つ打ち」がありますが、ジャージークラブは言わば「5つ打ち」。「Ditto」のキックはもろにこのジャージークラブのスタイルを用いています。
もう一曲、ジャージークラブのバスドラム5つ打ちが聴き取りやすい曲としてPinkPantheressが2022年11月にリリースしたシングル「Boy’s Liar」を聴いてみましょう。この曲はのちにIce Spiceをフィーチャーした「Boy’s a Liar Part 2」として全米シングルチャート最高3位を記録するヒットになります。
さらにニュージャージーのR&Bシンガー、キャリアを通じてジャージークラブの曲を作り続けているCookiee Kawaiiの「Relax Your Mind」(2021年)を。この曲は幻想的なイントロを経てビートが走り出す構成が「Ditto」によく似ています。
Drakeの「Sticky」やPinkPantheressの「Boy’s a Liar」がまさにそうですが、2022年あたりからジャージークラブのビートを使ったメロウな歌物や既存のR&Bのジャージークラブリミックスが増えてきた印象があります。「Ditto」のサウンドプロダクションは、おそらくこういう潮流を踏まえているのでしょう。「Ditto」はボルチモアクラブやジャージークラブの特徴的なビートを取り入れながらも、従来のNewJeansの世界観をしっかり維持しているあたりが素晴らしいです。
「OMG」サウンド解剖:UKガラージ/2ステップ編
続いて「OMG」。こちらはヴァースからプレコーラスに至るパート(歌い出しからサビに入るまでのパート)が早いテンポ、そしてサビのパートが遅いテンポで構成されています(ざっくり言うと早いテンポと遅いテンポが交互に登場します)。「OMG」がリリースされた当初、海外音楽メディアのレビューでは早いテンポのパートを「UKガラージ/2ステップ的」と評していました。
UKガラージはジャングル/ドラムンベースとハウスミュージックを融合させた、1990年代半ばにイギリスで生まれたアンダーグラウンドなダンスミュージック。そのUKガラージのサブジャンルとして2000年前後に人気を博したのが2ステップです。日本ではm-floが「come again」(2001年)で取り入れたビートとしておなじみですが、前のめりに突っかかるイレギュラーなビートが特徴です。
そんなY2K当時にヒットした2ステップの代表曲が、全米チャートで最高15位にランクインしたCraig Davidの「Fill Me In」(2000年)。曲が始まって15秒からビートが速くなります。
2ステップは数年前からリバイバルしつつありますが、その象徴的なアーティストがジャージークラブの説明でも引き合いに出したPinkPanteress。彼女はY2Kのハードなダンスミュージックをガールポップ化/ベッドルームポップ化したサウンドを駆使してシーンに新しいムーヴメントを生み出しています。こちらは2022年4月にリリースした2ステップの「Where You Are feat. WILLOW」。
「OMG」サウンド解剖:アトランタベース編
こうして聴いていくと「OMG」は確かに2ステップ的でもありますが、個人的な印象としてはTR-808のカウベルの入れ方からしてもマイアミベース、さらに言えばそこから派生したアトランタベースの影響が強いように思います。
マイアミベースは1980年代後半にフロリダ州マイアミで生まれたヒップホップのサブジャンル。早いテンポとドラムマシーンTR-808の重低音が特徴で、過激な下ネタ歌詞が社会問題にまで発展した2 Live Crewの台頭と共に広く浸透しました。
アトランタベースはそのアトランタ版になるわけですが、基本的にはマイアミベースとそれほど大きな違いはありません。私見では、マイアミベースにR&Bの要素を取り入れてよりポップ化を図ったのアトランタベース、という認識です。
そんなアトランタベースを代表するヒット曲が、Ghost Town DJ’sが1996年に放った「My Boo」。Mariah CareyやCiaraなど数多くのシンガーにリメイク/サンプリングされている名曲です。当時はマイアミベースの高速ビートに甘いメロディを載せたアイデアが新鮮でした。
この「My Boo」はアトランタの重鎮プロデューサー、Jermein Dupriが主宰するSo So Def Recordingsのコンピレーションシリーズ『So So Def Bass All Stars』から生まれたヒット曲ですが、ここからはCyndi Lauperの「Time After Time」をベース化したINOJによるカバーヴァージョンも大ヒットしています(1998年、全米チャート最高6位)。
ジャージークラブやUKガラージ/2ステップ同様、アトランタベースもここ数年リバイバルの傾向にあります。2023年の第65回グラミー賞で最優秀新人賞にノミネートされたR&BシンガーのMuni Longは、2022年に先述したGhost Town DJ’s「My Boo」をリメイクしたシングル「Baby Boo」をリリースしています。
こんな具合に「OMG」のテンポの速い部分はUKガラージもしくはアトランタベース的なサウンドを打ち出していますが、サビに入ってからの遅くなるパートではここ10年のヒップホップ/R&Bの主流になっているトラップを導入。オーソドックスなトラップの例としてBeyonceの「7/11」(2014年)と聴き比べてみてください。
これで「OMG」のざっくりとした構成は理解してもらえたと思いますが、この曲も「Ditto」と同様にさまざまなダンスサウンドを参照しながらもデビューEPの90年代R&B的な良さが保たれています。「Ditto」でのジャージークラブと同じように、キャッチーに進化した今様のUKガラージ/アトランタベースに対する見事なレスポンスと言えるでしょう。
考えてみれば、マイアミベース/アトランタベースは「Ditto」で取り入れられているボルチモアクラブ/ジャージークラブのルーツに当たる音楽。「Ditto」と「OMG」のミュージックビデオが連動しているように、双方の曲は音楽的にも関連性があるのは偶然でしょうか。
全米チャート入りの快挙
この「Ditto」と「OMG」は共に全米シングルチャートにランクイン。「Ditto」は最高82位、「OMG」は最高74位を記録しました。NewJeansのデビューから6ヶ月での全米チャート100位圏内のランクインは、K-POPアーティスト史上最速記録。2016年9月以降にデビューしたK-POPアーティストとしては初の100位圏内のランクインでもあります。
つまりこれは、BLACKPINK以降にデビューしたK-POPアーティストでシングルを全米チャートの100位圏内にランクインさせたアーティストはいなかった、ということ。K-POPアーティストのアルバムが全米チャートの上位に入るのはめずらしいことではなくなってきましたが、シングルに関してはまだまだ大きな壁があるのが現状。そんな中でNewJeansのこの快挙は非常に大きな価値があると思います。