オリジナルアルバムとしては2005年の『A Bigger Bang』以来18年ぶりとなるローリング・ストーンズの新作『Hackney Diamonds』のリリースを祝して、メンバーのソロ作品も含めたストーンズ関連の全作品からファンキーでダンサブルな「踊れる」ナンバー10曲を厳選しました。
私とローリング・ストーンズ〜ストーンズに惹かれる理由
2024年でデビュー60周年を迎えるストーンズは『Hackney Diamonds』も含めるとアルバムが24作(イギリスの場合。アメリカでは26作)もあるのでいろいろな観点からの企画が考えられますが、今回フォーカスする「ファンキーでダンサブルなストーンズ」は自分にとって彼らの最も好きな部分だったリします。
ストーンズは僕にブラックミュージックへの扉を開いてくれた恩人のような存在。1980年代ぐらいまでの彼らはそのときどきのソウルやファンクの美味しいところの落とし込み具合が絶妙で、そんなヒップなところがストーンズに惹かれる大きな理由のひとつでした。シングルのリミックスでテディ・ライリーやネプチューンズ、ウィル・アイ・アム(ブラック・アイド・ピーズ)らを起用するようなスタンスにストーンズの独自性を見出していたのです。
今回「踊れるストーンズ」をテーマにした企画を考えたのにはもうひとつ理由があります。いま若い世代にストーンズを勧めるとしたらどんな曲を聴いてもらうのがいいのか、それを考えた結果としてのこの切り口でもあったりします。
これはあくまで自分の印象で実際はそんなことないのかもしれませんが、現在も着実にファンを増やしている(ように見える)ビートルズやクイーン、それから一昨年のABBAのカムバックに対する若年層のリアクションなどを目の当たりにしていると、ストーンズの魅力やかっこよさが次世代にちゃんと伝わっているのか、少々不安になります。
自分が20代のころまではストーンズといえば洋楽のなかでも超人気バンドでしたが、ここ10年ぐらいはラジオ等でストーンズを取り上げてもいまひとつ手応えを感じません(個人の感想です)。「Living in a Ghost Town」(2020年)のリリース時、TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』の音楽コラムで「ローリング・ストーンズとレゲエの深い関係~キース・リチャーズ編」と題してマックス・ロメオ「Wishing for Love」(1981年)やアイタルズ「In a Dis Ya Time」(1976年)をオンエアしたのはさすがに渋すぎたと反省していますが。
そんななか、今回の快作『Hackney Diamonds』が起爆剤となって少しでもファン層の裾野が広がれば、と期待しています。アルバムのプロデュースを務めるのはジャスティン・ビーバーやポスト・マローンの最新アルバムを手がけているアンドリュー・ワット。最近では全米1位になったBTSのジョングクのソロ曲「Seven」、アメリカで社会現象級の大ヒットになっている映画『バービー』のサウンドトラックの制作にも携わっている現行シーンきっての売れっ子です。
本題に入る前に新作『Hackney Diamonds』からも「踊れる」おすすめ曲を挙げるとすると、最もこのテーマと相性が良さそうな先行シングルの「Angry」はあえて外して、一押しはアルバム2曲目の「Get Close」。「Can’t You Hear Me Knocking」(1971年作『Sticky Fingers』収録)や「Slave」(1981年作『Tatto You』収録)の焼き直しのような曲ではありますが、この引きずるようなギターリフから滲み出るちょっとブルージーなファンキーさはやはりたまらないものがあります。
では、「踊れる」ストーンズ10選を紹介していきましょう。順不同です。
Dance (Pt. 1)
1曲目は1980年のアルバム『Emotional Rescue』から「Dance (Pt. 1)」。『Emotional Rescue』はニューウェーヴやダブサウンドをストーンズ流に昇華した実験性の強いアルバム。ポップミュージックのサウンドが大きな転換期を迎えていたこの時期は多くのベテランロック勢が試行錯誤を繰り返していました。録音は1970年代後半から1980年代前半にかけて、主にニューウェイヴ/ポストパンク系の名作を生み出したバハマのコンパス・ポイント・スタジオ。
『Emotional Rescue』はストーンズのパブリックイメージに忠実なソリッドなロックンロール/ギターサウンドが影を潜めていることもあって彼らのディスコグラフィのなかでは人気の低いアルバムですが、逆にいまの気分には最もフィットするのではないかと思います。特に「Dance (Pt. 1)」はその象徴といえる曲。バッキングボーカルにマックス・ロメオ、パーカッションにマイケル・シュリーヴ(サンタナ)が参加した、ちょっとカリブ要素もあるディスコナンバーです。
ディスコミュージックと80’sサウンドのリバイバルを通過した2023年に聴くストーンズ作品として、この「Dance (Pt. 1)」は「再評価したいストーンズの名曲」の第1位でもあります。エクステンデッドバージョン的な「If I Was a Dancer (Dance Pt. 2)」(1981年リリースのコンピレーション『Sucking in the Seventies』収録)も併せてぜひ。
Miss You
2曲目は1978年のアルバム『Some Girls』収録の「Miss You」。ライブアルバム『Love You Live』(1977年)に収められることになるクラブ『El Mocambo』でのミック・ジャガーとビリー・プレストンとのジャムセッションから生まれた、当時の世界的なディスコブームに呼応したストーンズ流ディスコサウンド。全米チャートで1位を獲得するバンドにとって最大のヒットになりました。
バスドラムの4つ打ち(チャーリー・ワッツ曰く「Philadelphia-style drumming」)を見事ストーンズマナーのルーズなロックンロールモードに融合させた傑作。ここはできれば8分を超えるロングバージョンで聴いてほしいですね。2002年には映画『オースティン・パワーズ ゴールドメンバー』のサウンドトラック用としてドクター・ドレーによるリミックス版が制作されています。
Too Much Blood
3曲目は1983年のアルバム『Undercover』より「Too Much Blood」。先述した「Dance (Pt. 1)」の発展型とも言える、ヒップホップやアフリカンビートの要素を取り入れたトライバルなディスコソング。1981年のパリ人肉事件に言及した血なまぐさい曲ですが、ストーンズのダンスナンバーでも随一のかっこよさではないかと。伝説のDJ、ラリー・レヴァンも好んでプレイしていたという逸話も納得です。
パーカッションはスライ&ロビーのスライ・ダンバーが担当、アンディ・サマーズ(ザ・ポリス)風のギターはストーンズのギターテクニシャンだったジム・バーバーの演奏によるもの。12インチシングル収録のリミックスヴァージョンはアフリカ・バンバータなどの作品に携わっていたエレクトロヒップホップのキーパーソン、アーサー・ベイカーが手掛けています。
Keith Richards / Big Enough
4曲目はキース・リチャーズの初のソロアルバム、1988年リリースの『Talk Is Cheap』よりオープニングナンバーの「Big Enough」。ベースがブーツィ・コリンズ、オルガンがバーニー・ウォーレル、サックスがメイシオ・パーカー、というジェイムズ・ブラウン/Pファンクの名プレイヤーを投入した最高にクールなファンク。ストーンズにそれほど明るくない人に聴かせると結構な確率で驚かれます(あまりのかっこよさに)。
Hot Stuff
5曲目は1976年のアルバム『Black and Blue』より「Hot Stuff」。先述したキース・リチャーズのソロ「Big Enough」やライブアルバム『Flashpoint』(1991年)の新録曲「Sex Drive」などはこの「Hot Stuff」が源流にあるのだと思いますが、いずれにしてもストーンズファンクの最高傑作と言っていいでしょう。当時ミック・ジャガーは「オハイオ・プレイヤーズみたいでかっこいいだろ?」と「Hot Stuff」の出来に自信をのぞかせていたと、昔なにかの本で読んだ記憶があります。
なお、ピアノはビリー・プレストン、パーカッションはオリー&ジェリーのオリー・E・ブラウンが担当。ワウペダルを駆使したギターはキャンド・ヒートの活動で知られるハーヴェイ・マンデル。
Fingerprint File
6曲目は1974年のアルバム『It’s Only Rock N Roll』より「Fingerprint File」。カーティス・メイフィールドの緊張感みなぎるファンクとスライ&ザ・ファミリー・ストーンの混沌としたファンクを混ぜ合わせたような70年代ファンクのいいとこ取り。
Sympathy for the Devil
7曲目は1968年のアルバム『Beggars Banquet』より「Sympathy for the Devil」。プライマル・スクリーム「Loaded」(1990年)やロード「Solar Power」(2021年)など数々のオマージュを生み出し続けている、ストーンズの数ある名曲のなかでも最も革新的かつ強い影響力を誇る曲。
ジャン=リュック・ゴダール監督の映画『ワン・プラス・ワン』(1968年)に変化の過程が克明に記録されているように「Sympathy for the Devil」はもともとボブ・ディラン調のフォークソングでしたが、キース・リチャーズの提案によってアレンジを大幅に変更。ブラジル発祥のサンバ、ひいてはそのルーツであるアフリカ音楽のリズムを導入します。
そんななかであのヒプノティックなグルーヴの鍵を握っているのがチャーリー・ワッツ。彼はモダンジャズドラムの開祖、ケニー・クラークによる「A Night in Tunisia」の演奏からインスピレーションを得て見事に曲を「スウィング」させたのでした。
なお、「Sympathy for the Devil」のレコーディングが行われた1968年6月の時点でケニー・クラークが参加した「A Night in Tunisia」は2曲存在していました。ひとつはアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャース『Au Club St. German Vol. 3』(1959年)収録のライブヴァージョン。もうひとつは、デクスター・ゴードン『Our Man in Paris』(1963年)で聴くことができるスタジオ録音。チャーリーはどちらの「A Night in Tunisia」を参照したのでしょうか。
Mick Jagger / Sweet Thing
8曲目はミック・ジャガーのサードソロアルバム、1993年リリースの『Wandering Spirit』より「Sweet Thing」。『Wandering Spirit』はミックのソロ作中ベストといえる出来で、プロデューサーはレッド・ホット・チリ・ペッパーズ『Blood Sugar Sex Magik』(1991年)を大ヒットに導いた直後のリック・ルービンが務めています。
ゲストにはそのレッド・ホット・チリ・ペッパーズよりフリー、さらにはビリー・プレストンやコートニー・パインなどが名を連ねています。そんななか圧倒的な存在感を放っているのが、サードアルバム『Are You Gonna Go My Way』リリース直前のレニー・クラヴィッツ。彼はビル・ウィザーズ「Use Me」のカヴァーで客演しています。
その「Use Me」と共にアルバムのハイライトに挙げられる「Sweet Thing」は、ハニードリッパーズ「Impeach the President」やインクレディブル・ボンゴ・バンド「Apache」などヒップホップの定番ビートを豪快にサンプリングしたリック・ルービン節炸裂の一曲。むき出しのブレイクビーツに90年代を感じますが、意外に色褪せない魅力があります。ちなみにベースを弾いているのはリヴィング・カラーのダグ・ウィンブッシュ。
Dancing With Mr. D
9曲目は1973年のアルバム『Goats Head Soup』より「Dancing With Mr. D」。ストーンズは1972年の全米ツアーでオープニングアクトに当時才気ほとばしる傑作を連発していたスティーヴィー・ワンダーを起用していましたが、そのスティーヴィーをはじめとする1970年代初頭のソウルミュージック、いわゆるニューソウルの影響が強く感じられる曲。同じアルバムに入っている「Doo Doo Doo Doo Doo (Heartbreaker)」も同系統のサウンドが打ち出されていておすすめです。この曲にはエリック・クラプトンやスティーヴ・ウィンウッドのアルバムに参加しているガーナのパーカッション奏者、リーバップ・クワク・バーが参加。
『Goats Head Soup』といえば、2020年のデラックスエディションリリース時に公式音源化されたジミー・ペイジ参加の「Scarlet」も今回の10選の有力候補でした。
録音は1974年10月。レッド・ツェッペリンのディスコグラフィに照らし合わせるとちょうど『Houses of the Holy』(1973年)と『Physical Graffiti』(1975年)の間に挟まるような格好になりますが、まさに当時のツェッペリンのファンク路線、前者の「The Crunge」と後者の「Custard Pie」を足してストーンズ化したような曲だと思います。
Ronnie Wood / I Got Lost When I Found You
最後はロン・ウッドのセカンドソロアルバム、1975年リリースの『Now Look』から「I Got Lost When I Found You」。ストーンズに加入する直前のアルバムですが、すでにキース・リチャーズが3曲で参加。ブラックミュージックのフィーリングが強く発揮された、まさに当時のストーンズの『Goats Head Soup』や『It’s Only Rock N Roll』の流れを汲むようなところもある名作です。
プロデュースを務めているのはボビー・ウーマック。参加メンバーもダニー・ハザウェイ『Extension of a Man』やスティーヴィー・ワンダー『Innervisions』などのニューソウルの名盤でベースを弾いているウィリー・ウィークス、スライ&ザ・ファミリー・ストーン『Fresh』でドラムを叩いているアンディ・ニューマークなど、70年代初頭のソウルミュージックのサウンドを担った名手の演奏が楽しめます。
なお、アルバムには「I Got Lost When I Found You」も含めてウーマックとの共作を2曲収録。ウーマック「If You Don’t Want My Love」(1971年作『Communication』収録)のカヴァーも絶品です。
以上、ファンキーでダンサブルな「踊れる」ストーンズの名曲10選を紹介しました。次は「ソウル編」もしくは「レゲエ編」を考えています!