ロンドンに拠点を置く日本人シンガーソングライター、Rina Sawayamaの全作品から厳選した15曲のエンパワーメントソングを曲の背景や歌詞、本人のコメントと共に紹介します。
リナ・サワヤマの足跡
2020年のデビューアルバム『Sawayama』以降の欧米シーンでの快進撃がめざましいRina Sawayama。自身の楽曲「Chosen Family」でのElton Johnとのデュエット共演、イギリス版グラミー賞「BRITアワード」での最優秀新人賞ノミネート、そしてキアヌ・リーブス主演の人気アクション映画シリーズ『ジョン・ウィック:コンセクエンス』への出演。Rinaはいま最もホットなアーティストのひとりとして海外での人気を確立しています。2022年9月にリリースした最新アルバム『Hold The Girl』も全英アルバムチャートで初登場3位を記録。日本人アーティストとしての最高位を更新しました。
まずは簡単にRinaのバイオグラフィーを紹介しましょう。Rina Sawayamaは1990年8月16日生まれ、新潟県出身。5歳のときに家族でロンドンに移住後、16歳のころからカバー曲の音源をインターネット上に公開するように。18歳のときにはLazy Lionなるラップグループの一員として活動を開始します。
その後ケンブリッジ大学に進学して政治学/心理学/社会学の学位を取得する一方、2013年にシングル「Sleeping in Walking」でソロアーティストとして本格的に音楽活動をスタート。2017年のミニアルバム『Rina』で注目を集めてイギリスの人気レーベル、The 1975らが所属するダーティ・ヒットとの契約を手中にします。これと同時期、彼女はパンセクシュアルであることをカミングアウトしました。
2019年にはTBSテレビ『情熱大陸』で取り上げられて日本での知名度も飛躍的に向上。そして先述した2020年のデビューアルバム『Sawayama』をもって一躍ブレイクを果たします。
Rinaが影響を受けたアーティストとして挙げているのは、宇多田ヒカル、椎名林檎、Mariah Carey、Kylie Minogue、Britney Spears、Destiny’s Child、The Cardigans、Justin Timberlake、John Mayerなど。お気に入りのアルバムとしては、宇多田ヒカル『First Love』(1999年)、椎名林檎『勝訴ストリップ』(2000年)、Beyonce『Dangerously in Love』(2003年)、N.E.R.D.『Fly or Die』(2004年)等を挙げています。
Rinaはデビュー当時は90年代のJ-POPやR&Bの影響を強く打ち出していましたが、最近ではヘヴィーメタルやアリーナロックの要素も積極的に導入。2021年にはMetallica「Enter Sandman」のカバーシングルも発表しています。
では、Rinaのエンパワーメントソング15曲を紹介していきましょう。並びはプレイリスト化した際の流れを意識して組んでみました(なお、本人のコメントは主に日本盤ライナーノーツとApple Musicのインタビューからの引用になります)。
01. This Hell
最新アルバム『Hold The Girl』からの第一弾シングル。ここでRinaはLGBTQコミュニティに連帯を呼びかけています。以下は「This Hell」についての彼女のコメント。
「この地獄のような現代社会でコミュニティと愛を祝福するような曲を書きたかった。クィアの人々は常に『地獄に落ちろ』と言われ続けているが、『This Hell』でその考えを覆したかった。よく考えてみたら、私たちがみんな地獄に行くことになったらそこは最高のパーティーになるわけだから。それでこの曲では『この地獄もあなたと一緒なら悪くない』(This hell is better with you)』と歌っている。自分はコミックリリーフの力を信じているから、『This Hell』が世界中のクラブでかかってほしいと思っている」
「This Hell」のコンセプトはLil Nas X「Montero (Call Me By Your Name)」(2021年)のミュージックビデオ(ゲイであるXが地獄に突き落とされるものの悪魔にラップダンスを仕掛けて最後には地獄を乗っ取ってしまう)を連想させるところがありますが、音楽的にもShania TwainやTaylor Swiftに触発されたとのことでカントリーミュージック要素を参照しているあたりもLil Nas X的です。
この曲の魅力はサビのパンチライン、「This hell is better with you」の痛快さによるところが大きいでしょう。これは『Hold The Girl』のツアーTシャツにもプリントされていましたが、粋でユーモアがあって、かつ勇気づけられるフレーズだと思います。
「レッドカーペットでパパラッチに向けてポージング。奴らがBritney Spearsやダイアナ妃、Whitney Houstonにした仕打ちを忘れない」との一節にもしびれます。これは以下の発言にあるようなRinaのアーティストとしてのスタンスが明確に示された曲といえるでしょう。
「Lady GagaやElton Johnは自分たちの立場を良い意味で利用してメッセージを打ち出しているが、それはまさに自分がやりたいこと。ただ、世界が抱えてる問題があまりにも多すぎて、時々がっくりしてしまうこともある。でも、そんななかでも自分ができること、役に立てそうな問題に携われたらと思っている」
02. Hurricanes
最新アルバム『Hold The Girl』より、アルバムリリースの直前にシングルとしてリリースされた曲。BTSのリーダー、RMが自身のInstagramのストーリーでシェアしていたことでも話題になりました。
この曲もアリーナ映えするスケール感がありますが、Rina曰く「もともとはThe Cardigans風だったが、GarbageやAvril Lavigneから受けたインスピレーションをかたちにした。破滅や混沌のなかにあっても光を見出していくことを歌っている」とのこと。
サビの歌詞の大意は「本当にそこにいるなら合図をしてくれる? 祈りの言葉を待ちながら、胸のうちでは途方に暮れているから。あなたの扉を見つけるまで、北からの風が吹くまで、ひたすら走って走り続けてハリケーンに突っ込んでいく」。厳しい状況を歌いながらも不思議と晴れやかな、ふつふつと元気がみなぎってくる曲です。
03. Who’s Gonna Save U Now?
2020年のデビューアルバム『Sawayama』収録曲。Lady Gaga主演の映画『アリー/スター誕生』とQueenの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』(共に2018年)にインスパイアされたスタジアムロック。
この曲はRinaが子供のころいじめにあっていた経験に基づくもの。彼女曰く「『Who’s Gonna Save U Now?』は人生において私が変えることができなかった人たちについて書いた曲。私は復讐を信じているわけではないので、私のやり方は自分が前に進んで彼らが変わるためのインスピレーションになること。学校でいじめられていたときも『ふん、仕返ししてやるわ』なんて思ったことがなかった。『成功して、あなたたちに生き方を考え直させてやる』と思っただけだった。私にとってこの曲は、なにかを取り戻すことをスタジアムロックで表現しているだけ。誰かにリベンジしたいと思ったことなんて一度もなかった」。
擬似ライブ的な演出が施されていますが、ここでステージに立っているのが成功した現在のRinaの姿であり、その生き様が「彼ら」に対する救済を意味しているのでしょう。
04. Love Me 4 Me
これも2020年のデビューアルバム『Sawayama』より。音楽的には「ニュージャックスウィング・スタイルのプロダクション」と本人が説明していますが、確かにSWV「Right Here / Human Nature」(1992年)あたりに通じる良さがあるかと。歌詞のテーマについては「この曲は人々が自分と向き合うことをせず、他人と付き合うことに飛び込んでしまうことを書いた曲。自分のことを愛せないのなら、他人を愛することなんてできない」とコメントしていました。
この「Love Me 4 Me」のテーマはドラァグクィーンのRuPaulの言葉から着想を得たとのこと。Lizzoも似た題材をよく扱っていますが、やはり「自分を愛すること」は永遠の課題なのでしょう。以下はRinaのコメント。
「私にとって『Love Me 4 Me』は自分へのメッセージ。自分の作品に限らず、なにもかもに自信が足りない気がして。初めて聴いたときは恋人に愛してもらおうとしている曲に聴こえるかもしれないけど、まったくそういう曲じゃない」
「すべて鏡に向かって話しかけているのと一緒で、冒頭と間奏の後に入るセリフはRuPaulの『自分を愛せないのにどうやって他人を愛せるの?』という言葉。すごくハッピーにしてくれる言葉だけど、まったくその通りだと思う。恋愛をしているときの基本中の基本。まずは自分自身を愛さないと。自分を愛することはすごく難しいと思うけど、それがアルバム『Sawayama』全体のテーマ。アイデンティティであれセクシャリティであれ、複雑な要因もひっくるめて自己愛を見出すこと」
05. STFU!
これもデビューアルバム『Sawayama』の収録曲。音楽的にはヘヴィーメタル/ニューメタルとガールポップのハイブリッド(ちょっとJ-POPみもある?)。タイトルの「STFU!」は「Shut the fxxk up!」の略で「黙りやがれ!」みたいな意味になりますが、まさに歌詞はマイクロアグレッション(マイノリティに対する悪意のない差別発言)を題材にした怒りの曲です。
以下はRinaのコメント。「この曲はマイクロアグレッションに対する怒りを解き放つことがテーマ。欧米で過ごしてきた日本人女性として、私はいつもあまりに多くの偏見にさらされてきた。性的な偏見、ルーシー・リューとの比較、闇雲にアジアの言葉で挨拶してくる人たち、切れ長の目を茶化してくる人たち。ここ数年、私はこうしたマイクロアグレッションに対してコメディで対抗してきた」
「アジア系の友人たちとあまりにも稚拙な差別体験を笑い合い、絆を深めてきた。ユーモアを通して私たちは傷を癒し、前へ進むことができる。これこそが、この曲の象徴するもの。たくさんの人がまるで褒め言葉のように私に行ってきた笑ってしまうような偏見と小さな差別意識を曲の中で凝縮していくことは、まさにセラピーのような体験だった」
この「STFU!」について、Rinaはこんな発言もしています。「人々をちょっと目覚めさせたいと思っていた。人の感情で遊ぶのは本当に楽しいけど、本質的に曲のコアな部分がポップだったらみんな理解してくれる。この曲は多くの人が理解してくれてほっとした」。
「STFU!」を元気が出る曲のくくりに入れることに違和感をおぼえる方もいるかもしれませんが、本人も言及している通り曲の本質的な部分は非常にポップであること、そしてRinaがたびたび「怒ることは大事なこと」とコメントしているように、ここでは「怒り」をポジティブな感情の発露と解釈してあえてピックアップしてみました。
Rinaは「怒り」について、次のように語っています。「曲でみんなをハッピーにさせるのは大好き。でも、アートというのは現実的にいま起きている問題を取り上げるべきだと思う。社会や政治が上手く回ってなければ当然アートもそのことについて触れるべきで、怒りを表現したり人々を怒らせるようなテーマで書かれるべきだと思う。だから怒りの感情は常に持っているし、これからも持ち続けたい」
06. Frankenstein
再び最新アルバム『Hold The Girl』からの選曲。これは失恋で傷ついてバラバラになってしまった自分をフランケンシュタインのようにつなぎ合わせ、またかつての姿に自分を修復してほしい、そして以前と同じように愛して欲しい、と懇願する悲しい歌です。
「私を繋ぎ合わせてよ。そうしたら他の人たちと同じになる」「もう怪物にはなりたくない」など悲痛なフレーズが散りばめられていますが、Rinaが「これはボロボロになった自分の回復をパートナーに頼り切っていた私が、本当はそれはパートナーの役割ではないんだということに気づくまでの歌」とコメントをしているように「結局自分を救えるのは自分自身なのだ」という蘇生に向けて一歩を踏み出すポジティブなメッセージソングと受け止めています。
07. Your Age
こちらも最新アルバム『Hold The Girl』から、「STFU!」の流れを汲む怒りの曲。Rina曰く「『Your Age』は私のピュアでダークな怒りを表している。消化しきれていない感情をマイクに向けて叫びたかった。まだ私が若かった90年代のころ、周りの大人たちからの言動に対して感じた不信感について歌っている。いま自分も大人になって社会も変わってきたが、あのときの怒りはまったく消えることがない」
08. LUCID
アルバム『Sawayama』のデラックスエディションに追加収録された曲。現実世界では叶わない恋を夢の中で楽しんでいる、との内容から吉田美奈子が歌った大滝詠一作の名曲「夢で逢えたら」(1976年)を連想しました。タイトルはは明晰夢(夢であることを自覚している夢)を意味する「Lucid Dream」のこと。
09. Comme des Garcons (Like The Boys)
アルバム『Sawayama』の収録曲。タイトルはもちろんアパレルブランド「コムデギャルソン」のこと。サブタイトルにもあるようにコムデギャルソンには「男の子のように」との意味がありますが、ここで扱っているテーマについてRinaは次のようにコメントしています。
「表面上の自信を保つために、人々がネガティブで男性的なイメージに適応しなくてはいけなくなっていることをテーマに扱っている。社会的に認められている自信のかたちは少年のように振る舞うこと。そうじゃなければ女性の場合はビッチと呼ばれるしかない。ただ、クラブカルチャーの中では逆にそのビッチという言葉が究極の自信のサインとして使われている。その相反するふたつのアイデアを共存させることにより、あなたが誰であろうとビッチな気分にさせる曲にしたかった」
10. Alterlife
2017年、インディー時代に発表したシングル曲。タイトルの「Alterlife」には「新しい人生」「第二の人生」などの意味がありますが、これは「いつからでも新しい人生を始めることができる、というポジティブな歌。Rinaの楽曲の中でも特に明快なメッセージを持つ曲です。
そんなメッセージを踏まえて、曲中の印象的なフレーズをいくつか挙げておきます。「どれほどの嘘にまみれれば、人とは違う場所にたどり着けるのだろう? いちばんになるための切符を勝ち取るために、ひとはみんな全速力で競争する。君がそのひとりだったんだ。私も昔はそうだった。責任なんて言葉を知らない少女。いまではそんな過去の鎧に隠れている…それでいいの?」
「どうしてそんなに失敗を恐れる? 頭を上げて。なぜ立ち止まるの? 嘆いたって意味はない。立ち上がってやり直そう。やる気を感じ始めたら、もうどうすればいいかわかるはず。見つけに行こう、新しい人生を」
「誰かの信号で止まるのはもうやめるんだ。その瞬間は足元で消え去ってしまう。前を見据えて進み続ける。みんな、私の到着を待っているんだ」「昔の私はどんなことにもとらわれずにいた少女。覆われていた鎧をいま壊す。こんなの本当の私じゃない。内側で眠る少女の傷は癒えた。探し物は見つかった、もうやるべき事はわかっているはず。新しい人生を生きよう!」
11. Ordinary Superstar
こちらもインディー時代、2018年リリースのシングル。Janet Jacksonなど、90年代初頭のR&Bを想起させる曲調に気分が上がります。
イントロ部分で「全部見かけ通りとは限らない。ベールをめくればみんな同じ人間なんだ」という語りが入りますが、ここではセレブが普通っぽさをアピールして人気を得ようとしていることをシニカルに描いています。
個人的には、この「Ordinary Superstar」がRinaとの出会いになった思い出深い曲。一発で惚れ込んで、当時選曲を担当していたTBSラジオ『興味R』のオープニングでオンエアしたことをよく憶えています。曲のメッセージ的には「明日の活力になる」というテーマに忠実な内容ではないかもしれませんが、Rinaのポップセンスが本格的に開花を迎えた重要曲だと考えています。
12. Cherry
引き続きインディー時代の作品から、2018年のシングル曲。RinaのR&B趣味が強く反映された曲ですが、先述した「Ordinary Superstar」の次に登場したこの曲によって彼女が秘めたポテンシャルを確信しました。
冒頭でも触れた通りRinaはパンセクシュアルであることを公表していますが、そのタイミングでリリースしたのがこの「Cherry」でした。以下は、そんな背景を踏まえて読んでほしい歌詞の一部分。
「みんなと同じようにしろと言われる。ありのままの自分ですらいられないのに。別の自分が存在しているのに。責めるべきは自分だと言われる。これは私のせいではないのに。心はただ知りたいだけなのに。満足はしているけど、私の人生は嘘にまみれている。慣れない感情にしがみついている。そうすれば生きていることを実感できるから」
「Cherry」のリリース時、Rinaはこんなことを話していました。
「私はいつも女の子についての曲ばかり書いてきた。これまで自分の曲で男性について触れたことがないと思ったから、その理由について話したかった。私にとって、パンセクシュアルの人はまだ表舞台での露出が少ない。自分のセクシュアリティをあまり受け入れることができなかったのは、テレビにもどこにも『ママ見て! 私が言っていたのはあの人みたいなことだよ!』と言えるような人がいなかったからだと思う」
ここでRinaが言わんとしているのは「だから自分がその役割を担う」ということなのでしょう。Lizzoがエミー賞でのスピーチで主張していたこと、映画『リトル・マーメイド』のアリエル役にアフリカ系のハリー・ベイリーが挑んだこと。ここで彼女が主張しているのはそれらと通底する話だと思います。
13. Chosen Family
アルバム『Sawayama』収録曲。もともとはRinaのソロ曲としてリリースされましたが、その後Elton Johnとのデュエットヴァージョンの登場によって脚光を浴びることになる彼女の代表曲です。
「『Chosen Family』は自分が選んだ家族、つまり自分のLGBTQのシスターやブラザーのことを考えながら書いた。人生のさまざまなつらい時期、LGBTQのコミュニティはいつもそばにいてくれたから」
「『自分が選んだ家族』という概念は、クィアのコミュニティにおいて長年続いているもの。それはカミングアウトしたことで、あるいは単に自分に正直に生きているだけで、家族から追放されてしまった人が大勢いることに基づいている。だから私は、文字通り彼らのための曲を書きたかった。この曲はメッセージであると同時に安全な空間、実在するフィジカルスペースという概念も表現している」
この「Chosen Family」の存在を広く知らしめることになるElton Johnとのデュエットバージョン実現の経緯をまとめておくと、まずRinaのアルバム『Sawayama』をEltonがApple Musicで配信中の自身のラジオ番組『Rocket Hour』で大プッシュしたことに端を発しています。彼は『Sawayama』を「今年のアルバムオブザイヤー」と絶賛して『Rocket Hour』でたびたび収録曲をオンエア。そんな流れからRinaを番組のゲストに招くほどの惚れ込みようでした。
さらにEltonは、Rinaがイギリス国籍を所有していないことからマーキュリー賞とBRITアワードの対象から外されたときもSNSを通して抗議を表明。さらに彼女の英国レコード産業協会に対する受賞資格変更の働きかけをサポートした結果、Rinaの訴えが認められてアワードの受賞資格のルールが変更になりました。「Chosen Family」デュエットバージョンの誕生は、こうしたEltonとの交流に起因しています。
RinaがLGBTQコミュニティに捧げた「Chosen Family」のタイトルは「自分が選んだ家族」との意味。血のつながりや法的な関係こそないものの、家族のような深い絆で支え合う人々のコミュニティを指します。
「Chosen Family」は性的マイノリティによって形成されているケースが多く、カミングアウトしたことによって実の家族や友人から疎外されてしまった性的マイノリティ同士のつながりを祝福することを目的に作られました。「遺伝子や名字をシェアしていなくてもいい。私があなたを家族として選んだのだから」。「Chosen Family」には、そんなRinaのメッセージが込められています。
伝記映画『ロケットマン』(2019年)でも掘り下げられていたように、Eltonも家族に愛されなかったこと、同性愛者であることから深い孤独を抱えていた過去がありました。また、彼は2014年3月にイギリスで同性婚を認める法律が施行されたタイミングで長年の同性パートナーと晴れて結婚していますが、こうしたバックグラウンドを持つEltonは「Chosen Family」のメッセージの重みを深いレベルで理解し合える存在と言えるでしょう。Rinaも「この曲は私とEltonにとってとても大きな意味がある」とコメントしています。
なお、ドラマ化もされた漫画『作りたい女と食べたい女』(ゆざきさかおみ作/KADOKAWA)には「Chosen Family」にインスパイアされたと思われるエピソードが存在します。料理をたくさん作りたい少食の野本さんと料理をたくさん食べたい春日さんが頻繁に食事を共にするなかで互いに惹かれあっていくさまを描く物語の第26話、題して「選ばれた家族」(コミックス3巻収録)。
家族との関係に悩んでいた春日さんがラジオから流れてきた曲(厳密にはラジオから流れてきた曲とパーソナリティらしき人物によるその曲の歌詞の解説)を聴いて自分のなかのある感情に気づく感動的なシーンがあるのですが、この曲については劇中ではっきりとは明かされてはいないものの解説などから察するにおそらく「Chosen Family」を想定しているのではないかと。興味のある方はぜひ。
14. Hold The Girl
最新アルバム『Hold The Girl』に戻って、タイトルトラックを。これは『Sawayama』から『Hold The Girl』に至るRinaの精神面の変化を象徴する曲で、より良い自分を育て直そうとインナーチャイルド(内なる過去の自分、大人の中にいる子供の部分)を抱き寄せること、癒しを与えること、過去の自分を見つめ直すことを歌っています。
「『Sawayama』のころの私はものすごく怒っていた。それに対して『Hold The Girl』では時として許すこと、寛容性が強く反映されている。この変化はコロナ禍で精神的に不安な日々が続くなかで通い始めたセラピーが大きく影響している」
「母が自分を産んだときの年齢を超えた現在、いままで自分がやってきたことや自分に起きたことを見つめ直すと、まだまだ子供だったと思うと同時に優しさを持って受け入れられるようになった。『Hold The Girl』は『Sawayama』に比べて、もう少し大人の視点から物事を見ているアルバムになっていると思う」
15. To Be Alive
最後は引き続き『Hold The Girl』よりアルバムのエンディング曲。本人曰くMadonnaの「Ray of Light」(1998年)からインスピレーションを得たそうですが、ここではセラピーを通して自分と向き合ってきたRinaがようやく生きる意味を見出していく過程が綴られています。
この「To Be Alive」で大団円を迎える『Hold The Girl』の構成やコンセプトは、激しいボディシェイミングにさらされていたなかセラピストとの対話を通して「自分自身を受け入れること/救済すること」へとたどり着くLizzoの最新アルバム『Special』と見事に重なり合います。
そのほかKendrick Lamarの『Mr. Morale & The Big Steppers』やHarry Stylesの『Harry’s House』、そしてRinaがリスペクトする宇多田ヒカルの『BADモード』なども含め、2022年はメンタルヘルスを題材にした力作が多く見受けられた一年でした。