NewJeansが2023年7月21日にリリースしたセカンドEP『Get Up』のサウンドを3曲のシングル曲、「Super Shy」「Cool with You」「ETA」を中心に解説します。
EP『Get Up』二人のキーパーソン
映画『バービー』のサウンドトラックを抑えて全米アルバムチャート初登場1位を獲得したNewJeansにとって2作目のEP『Get Up』は、音楽的には2022年12月リリースの「Ditto」以降のモードを踏襲している印象です。NewJeansは2022年7月のデビュー以降、リリースごとに異なるサウンドを打ち出してきましたが、やはり初の全米チャート入りを果たした「Ditto」や「OMG」の成果に大きな手応えを感じ取っているということなのだと思います。実際、この2曲は決定的な楽曲でした。
今回のEPで特に大きくフィーチャーされているサウンドが、「OMG」にもそのエッセンスが入っていた2ステップ。6曲中半分の3曲で2ステップ系のビートが取り入れられています。
この2ステップはハウスミュージックから進化したUKガラージのサブジャンルとして1990年代後半から2000年ごろにかけて流行したイギリス生まれのダンスミュージック(現在ではUKガラージと2ステップがほぼ同義になっているようなところがあります)。音楽的な特徴としては、前のめりにつんのめるようなイレギュラーなビートが挙げられます。
今回のEPの2ステップを取り入れた3曲では、共通した3人のプロデューサー/ソングライターが制作に携わっています。まずプロデューサーでは「OMG」のプロデュースも務めていた韓国のPark Jin-suとニューヨークに拠点を置く新進気鋭のFrankie Scoca。そしてソングライターではデンマーク出身のR&Bシンガー、Erika de Casierの名前が確認できます。
この3人の中から、ここでは今回初参加のErika de CasierとFrankie Scocaをキーパーソンとして注目したいと思います。このふたりは、これまでに発表した自己名義の曲やプロデュース作品などで今回のNewJeansの楽曲につながるようなサウンドを披露しています。それを踏まえてのキャスティングなのかもしれませんが、なかなか興味深い曲が多いので2ステップやUKガラージのおさらいも込めてNewJeansの楽曲と聴き比べてみましょう。
Super Shy
まずは今回のEPから先行で公開された第一弾シングル「Super Shy」から。この曲では2ステップとそのルーツにあたるドラムンベースの要素を取り入れていますが、まずは同じようなサウンドを打ち出したErika de CasierとFrankie Scocaそれぞれの関連曲を聴いてみましょう。最初はErika de Casierが2019年にリリースしたデビューアルバム『Essentials』から「Intimate (Club Mix)」。清涼感のあるドラムンベースです。
続いてFrankie Scocaがプロデュースを手掛けたニューヨーク在住のシンガーソングライター、カーリン・タマラが今年1月に発表した最新シングル「Kiss in Public」。この曲で聴けるような感覚はまさに「PinkPantheress以降」と言っていいと思うのですが、ここ最近は国を問わずこういうタイプの曲がたくさんリリースされている傾向にあります。
この2曲を踏まえてNewJeansの「Super Shy」を聴いてみてください。「Super Shy」はドラムンベースと2ステップのコンビネーション的なビートと、「Ditto」で取り入れていたジャージークラブのビート(ひとつの小節にバスドラムが5回入る「5つ打ち」のビートが特徴)、これが交互に切り替わっていく構成。ポルトガルのリスボンで撮影したミュージックビデオも含め、夏らしい解放感のある曲です。
Cool with You
続いては「Super Shy」の次に公開されたシングル「Cool With You」。こちらは二部構成からなるミュージックビデオでも話題の曲。ドラマの『イカゲーム』でブレイクしたチョン・ホヨンと『インファナル・アフェア』シリーズやウォン・カーウァイ作品でおなじみトニー・レオンが出演しています。
この「Cool With You」は「Super Shy」に比べてよりストレートな2ステップサウンドが打ち出されています。先ほどの「Super Shy」と同様、まずはソングライティングとプロデュースで制作に携わっているErika de CasierとFrankie Scocaの関連曲を聴いてみましょう。
最初はErika de Casierがイギリスのダンスミュージッククリエイター、Mura Masaとコラボした2022年の作品「e-motions」。「PinkPantheress以降」なベッドルームポップ感覚の2ステップです。
続いてFrankie Scocaがプロデュースを手掛けたニューヨーク在住のシンガーソングライター、Ray Brownの2022年の作品「solar」。この流れを追っていけば2ステップのつんのめるようなビート感がなんとなくでもつかめてくると思います。
この2曲を踏まえて、改めてNewJeansの「Cool With You」を聴いてみてください。こうして並べて聴いてみると、「Cool with You」のサウンドプロダクションにおけるErika de CasierとFrankie Scocaの貢献の大きさがうかがえると思います。
ETA
Erika de CasierとFrankie Scocaが関与した曲はもう一曲ありますが、それはまたのちほど。続いては3番目に公開されたシングル「ETA」(「ETA」は「Estimate Time of Arrival」の略。「到着予定時刻」の意味)。こちらは「Super Shy」や「Cool with You」とはまた別のプロデューサーが起用されていて、自ずとサウンドも異なっています。
「ETA」を手掛けているのは「Ditto」のプロデュースも務めていたNewJeans作品の常連、韓国の250。この曲は「iPhone 14 Pro」を使って撮影したAppleとのコラボCMがテレビやYouTube等で頻繁に流れていたので耳にしたことがある方も多いと思います。
「ETA」のサウンドは、「Ditto」でも導入されていたボルチモアクラブ。ボルチモアクラブは先ほど「Super Shy」で触れた「5つ打ち」のジャージークラブのルーツにあたるダンスミュージックで、1980年代後半から1990年代前半ごろにアメリカのメリーランド州ボルチモアで生まれたのち2000年代半ばに本格的に流行しました。
ボルチモアクラブのサウンドの特徴としては、ファンクの名曲にしてヒップホップのサンプリングネタの定番、James BrownファミリーのLyn Collinsによる1972年の作品「Think (About It)」のドラムブレイクがひとつのシグニチャーになっています。
そして、この「Think (About It)」のビートを使ったボルチモアクラブの代表曲が「ボルチモアクラブのドン」と呼ばれるDJ Rod Leeの2005年の作品「Dance My Pain Away」。この疾走感のあるビートが「Think (About It)」からの引用です。
こうした2000年代半ばのボルチモアクラブの流行に大きな貢献を果たしたのが、現在ではダンスミュージック界の大物プロデューサーとして君臨しているDiplo、そして彼が主宰するレーベルのマッド・ディセントです。
今度はその周辺の作品からボルチモアクラブの人気DJ、Scottie Bが手掛けたM.I.A.「Paper Plane」のリミックスを聴いてみてください。M.I.A.はロンドン出身のラッパーで、「Paper Plane」は全米チャートで最高4位を記録した彼女の最大のヒット曲。このリミックスはビートが「Dance My Pain Away」とほぼ同じながらエアホーンのインパクトが大です。
NewJeansの「ETA」はこうしたDiploやマッド・ディセント周りのボルチモアクラブの影響が大きいのではないかと思います。サウンド的には割とストレートなボルチモアクラブサウンドを踏襲していますが、イケイケなヤンキー感あふれるエアホーンにマッド・ディセントみを感じます。
「Ditto」以降のNewJeansのサウンドを追っていくと、Y2Kのハードなダンスミュージック(お行儀の悪めのダンスミュージック)のソフィスティケート化/ベッドルームポップ化が彼女たちのスタイルとして確立されつつあるようです。
アメリカ進出がもたらすもの
『Get Up』リリース初週の全米チャートではこの3曲、「Super Shy」「Cool With You」「ETA」の同時ランクインが実現したわけですが(それぞれ48位、81位、93位)、こうなってくると今後アメリカでNewJeansが打ち出しているようなサウンド、特に2ステップが本格的に流行することもありえるかもしれません。
その兆候ともいえる動きを紹介するに当たって、まずは今回のEPの1曲目、MVで『パワーパフガールズ』とコラボした「New Jeans」を聴いてみてください。これは先ほどの「Super Shy」や「Cool With You」と同じくErika de CasierとFrankie Scocaが制作に関与している曲。「Super Shy」と同様に2ステップからジャージークラブに展開していく構成がとられています。
この流れでラッパーのIce Spiceによる「Butterfly Ku」を聴いてみてください。これは7月21日にリリースされた彼女のデビューEP『Like…?』のデラックスエディション収録の新曲ですが、これも2ステップ風のビートからジャージークラブに展開していく構成。NewJeansと共通するヴァイブスを感じます。
Ice Spiceは今年に入ってTaylor Swift、Nicki Minaj、PinkPantheressらとのコラボ曲も含めて4曲を全米チャートのトップテンに送り込んでいる目下最も勢いのあるラッパー。彼女がこうしたサウンドを取り入れたことは結構影響力があるのではないかと思います。
もう一曲、BTSのメインボーカルを務めるJung Kookが7月14日にリリースしたソロデビューシングル「Seven」も聴いてみてください。この曲がやはり2ステップを取り入れているのですが、BTSメンバーのソロ作としてはJiminの「Like Crazy」に続く全米チャート初登場1位の快挙を達成しています。
この「Seven」の登場と成功がNewJeansの一連のシングルと共に2ステップの流行を強く後押しする可能性もあるでしょう。PinkPantheressの11月10日リリース予定のニューアルバム『Heaven Knows』の影響も見逃せません。
EP『Get Up』のリリース後、8月3日にはアメリカの老舗音楽フェス『Lollapalooza』に出演して素晴らしいパフォーマンスを披露したNewJeans。その成果も影響を及ぼしているのか、『Get Up』は全米アルバムチャートにおいて12週連続で上位にとどまるロングランヒットを記録中です。EPからカットされたシングル曲のチャートアクションからしても、アメリカで大きなシングルヒットが生まれるのはもはや時間の問題でしょう。