NewJeansがコカコーラゼロのタイアップソングとして2023年4月3日にリリースしたシングル「Zero」を切り口にして、「Zero」で取り入れられているダンスミュージック「ドラムンベース」のリバイバルの動きを紹介します。
ドラムンベース再燃と「Zero」
NewJeans「Zero」のリリースがサプライズ発表されたのは3月30日のこと。本格的なカムバは夏ごろと言われていたこともあり、突然の新曲リリースの報には大いに興奮しました。もっとも、興奮したのは単にNewJeansが新曲をリリースするからだけではありません。ティーザーで聴くことができた新曲の一部がもろにドラムンベースだったことが高い期待にさらに拍車をかけました。
ちょうどこの前日3月29日、僕はTBSラジオ『アフター6ジャンクション』のマンスリー企画「月刊ミュージックコメンタリー」に出演したのですが、そこで今月の注目トピックとして近年のドラムンベースのリバイバルを牽引しているイギリスのPinkPantheressを軸に昨今のダンスミュージックの潮流について解説したばかりでした。
その「月刊ミュージックコメンタリー」の1月放送回でNewJeansの「Ditto」と「OMG」を特集した際、それぞれの曲のサウンドのリファレンスとして選曲していたのもPinkPantheressの楽曲。そんな経緯から彼女とNewJeansの同時代性について力説していたところ、NewJeansの新曲でのPinkPantheressばりのドラムンベースサウンドはまさに「我が意を得たり」だったのです。
その後、4月3日にNewJeansの新曲「Zero」の全貌が明らかになったわけですが、これがまた予想以上に本格的なドラムンベース仕様で驚きました。これはコカコーラのCMソング史上、最も低音が効いている曲になるかもしれません。プロデュースを務めるのはイギリスのMonro。彼はR&Bを中心にクラブミュージック全般幅広くフォローしているプロデューサー。これまでにR&BシンガーのJhene Aikoなどを手掛けていますが、NewJeansとは今回が初顔合わせになります。
「Zero」はMonroが制作したビートも強烈ですが、サビが輪を掛けてすごいことになっています。わらべうたのような「コカコーラマイシッタ~」なるフレーズが呪術的でめちゃくちゃインパクトがあるうえ、中毒性も抜群。意味としては「コカコーラ美味しい」になるそうですが、これは日本での「どれにしようかな 神様の言う通り」、英語圏での「イニミニマニモ」に該当する韓国における数え歌とのことです。
このNewJeans「Zero」のリリース直後に世間のリアクションはどんなものかと検索してみたのですが、やはり「PinkPantheressみたいだ」という反応が多く見受けられました。tofubeatsさんも中村佳穂さんとコラボした「Reflections」(2022年)でドラムンベースを取り入れた際にやたらとPinkPantheressを引き合いに出されたと話していましたが、確かにいまドラムンベース的なサウンドの曲を出すとそういうことになるのかもしれません。実際、PinkPantheressが現在の新しいドラムンベース像を作り上げたようなところは確実にあるでしょう。
「新しくて懐かしい」ピンクパンサレス
PinkPantheressのプロフィールを簡単に紹介しておきましょう。PinkPantheressはケニア人の母とイギリス人の父を持つ、ロンドンに拠点を置く2001年生まれのシンガーソングライター。2018年に17歳で曲作りを開始。2020年の年末にTikTokのアカウントを開設してから次々とヴァイラルヒットを飛ばして一躍注目を集めます。そんななか2021年にリリースしたデビューミックステープ(ミニアルバム)『To Hell With It』が全英チャートで20位にランクイン。2022年1月にはイギリスのBBCが選ぶ毎年恒例の注目新人ランキングで堂々の1位に輝きました。
2022年には映画『ブラックパンサー:ワカンダ・フォーエバー』のサウンドトラックに参加。今年に入ってからは、いまいちばんホットなラッパーのひとりである同世代のIce Spiceをゲストに迎えた「Boy’s a liar, Pt. 2」が全米シングルチャートで最高3位にランクインする大ヒットを記録。イギリスのみならず、アメリカでも大きな成功を収めています。
PinkPantheressは自分の音楽を「ニューノスタルジック」(新しくて懐かしい)と呼んでいますが、彼女は主にドラムンベースや2ステップといった1990年代半ばから2000年代にかけてイギリスを中心に流行したダンスミュージックを新たに解釈したスタイルで人気を集めています。PinkPantheressの登場以降、Z世代のアーティストを中心にドラムンベースや2ステップを取り入れた曲が急増していますが、まさに彼女は現行ポップミュージックの気分を象徴するアーティストと言えるでしょう。
新しいドラムンベースのイメージ
ここで改めて確認しておくと、ドラムンベースは1990年代半ばにイギリスで誕生して1990年代後半から2000年あたりをピークに大きなムーブメントになったダンスミュージック。特徴としては、まずとてもテンポが速いこと。それから複雑で変則的な乱れ打ちのようなドラムビートとうねりまくるベースがポイントになるでしょうか。
ただ、PinkPantheressが打ち出したドラムンベースは90年代当時のドラムンベースと大きな違いがあります。まず、かつてのドラムンベースは当然ダンスフロアで使われることを想定して作られているため7分~10分ぐらいの長尺のものが主流でした。それに対して、PinkPantheressの曲は圧倒的に短いのです。たとえば彼女のブレイクのきっかけになったドラムンベースの「Break it Off」は1分35秒しかありません。これに限らず、PinkPantheressの曲は軒並み1分台。長くても2分30秒程度です。
これはPinkPantheressがTikTokでの使い勝手の良さ/共有しやすさを重視して曲を作っていることに基づいています。当初彼女は曲の断片的なアイデアが思い浮かんだらまずそれをTikTokに投稿。リアクションが良かったものを曲としてかたちにしていったそうです。PinkPantheress自身、自分の楽曲を「家で聴くのに許容できるドラムンベース」とコメントしていますが、要は現在リバイバルしているドラムンベースはダンスフロアよりもパーソナルな環境で楽しむことを目的として作られたベッドルームポップ的なものが主流になっているということです。
また、90年代の歌物のドラムンベースが割と歌い上げ系のソウルフルなボーカルを乗せたものが多かったのに対して、PinkPantheressはドラムンベースにささやくようなアンニュイなボーカルを乗せた点が新鮮でした。この歌唱法がリスナーとの緊密な距離感を生み出すことにつながっているわけですが、彼女は歌詞も内省的なものやセンチメンタルなものが多く、やはりこれもパーソナルな環境で聴かれること(ティーンもしくは同世代の主に女性リスナーに寄り添うこと)を目的として作られているところがあるのだと思います。(PinkPantheressの耳元で語りかけてくるような歌のASMR要素はBillie Eilishにも共通しますが、BillieはPinkPantheressのデビューミックステープをリリース当時自身のInstagramでシェアしていました)。
つまりPinkPantheressは単にドラムンベースを焼き直したわけではなく、現代的に再解釈/再定義しているということ。彼女の曲はThe WeekndやFrank Ocean以降のアトモスフェリックな浮遊感のあるR&Bとも非常に相性が良く、コアなクラブミュージックのイメージが強かったドラムンベースを親しみやすいポップミュージックへと転換することでシーンに新しい潮流を築いたのです。
PinkPantheress本人も自分がドラムンベースの新しいスタイルを提示したことを自負しています。曰く「私がドラムンベースやUKガラージを発明したわけではないことは理解しているけど、自分自身のために特殊なサウンドを作り出したとは思っている。もし人々が私のことをムーブメントの急先鋒として捉えてくれるのであれば、ひとりの黒人女性としてこのジャンルを代表していることをうれしく思う」
ドラムンベース新世代
PinkPantheressと共に新世代のドラムンベースを代表するアーティストを紹介しておきましょう。まずはNia Archives。彼女はジャマイカ人の血を引くイギリスはウェストヨークシャー出身のシンガーソングライター。2020年にデビュー後、現在までに3枚のEPをリリースしています。2023年のBRITアワードでは最優秀新人賞にノミネート、同じく2023年のBBCが選ぶ注目新人ランキングでは3位に選ばれました。
Nia ArchivesのドラムンベースはPinkPantheressのようなガールポップ的なドラムンベースとはまた違った、本人言うところのネオソウルとブレンドしたようなスタイル。興味深いのは、以前彼女がネオソウルとブーンバップ(主に90年代に主流だったサンプリング主体のヒップホップ)をブレンドしたような音楽を作っていたこと。ただ、それでは歌詞があまりに憂鬱で不機嫌に聞こえてしまうということでテンポの速いドラムンベースで歌うようになっていったそうです。ドラムンベースはおばあちゃん(!)が聴いていたからもともと親しみがあったと話していました。
新世代ドラムンベースの一角を担う重要アーティストとしては、ロンドンに拠点を置くマンチェスター出身の男女デュオ、Piri & Tommy Villersも押さえておきたいところ。シンガーのPiriとプロデューサーのTommyはロックダウン中にInstagramのDMで知り合って、その後一緒に大学の学生寮に住みながらデュオとして音楽を作ることになりました。
Piri & Tommyが打ち出しているのは、まさにPinkPantheress以降なキュートかつドリーミーな新しい感覚のドラムンベース。ふたりは2021年のシングル「Soft Spot」でブレイクしましたが、その経緯についてボーカルのPiriはこんなコメントを残しています。「『Soft Spot』を書いたとき、TikTokでうまくいくような雰囲気があると思った。でもバイラルな成功はまだ遠い夢のような気がしていたから、3人のTikTokクリエイターにお金を払って曲を使ってもらったんだ」
また、プロデューサーのTommyはオールドスクールなダンスミュージックがリバイバルしていることについて「多くの人が90年代半ばのレイヴ的なサウンドにノスタルジーを抱いているのだと思う。また、その一方ではこうしたサウンドを初めて聴く若いリスナーも大勢いる。いまはその両方が繋がって膨大なオーディエンスを生み出すことになっているのだろうね」とコメントしています。
この流れからもわかると思いますが、現代版のドラムンベースの楽曲は女性ボーカルのものが多い印象があります。かつてのハードで男臭いところもあったドラムンベースに、PinkPantheress以降の新世代のアーティストたちは可愛らしいガーリーなイメージを付け加えました。
アメリカのドラムンベース事情
このドラムンベースのリバイバルは、アメリカにも伝播しつつあります。出身はロンドンながら現在はロサンゼルスを拠点に活動しているRochelle Jordan「Love You Good」(2021年)、オルタナティブなR&Bを志向するワシントンDC出身のKelela「Happy Ending」(2022年)など、アメリカ発のドラムンベースもやはり女性アーティストが多いようですが、イギリス勢に比べてガーリー度は抑えめ。現状ではNia Archivesのようなネオソウルの流れを汲むものが目立っています。
ele-kingに掲載されていたKelelaのインタビューがアメリカのドラムンベース事情を知る上でたいへん興味深かったので引用しておきます。「エレクトロニックミュージックは、白人の判断が基盤になっていて、『白人、テクノ、ストレートな男』みたいなイメージがある。一方で伝統的なR&Bやソウルミュージックを聴くのは黒人女性のイメージで、そういう人たちはエレクトロニックミュージックは聴かない。だから、もし実験的な音楽が盛り込まれすぎていたら、彼女たちはいったい何が起こっているのかって混乱してしまうかもしれない。それもあって、私はずっとこのふたつの間でつねに交渉をしているような状態だったんです」ーーこの発言、Kelelaの立ち位置とアメリカの黒人コミュニティにおけるイギリス発のエレクトロニックミュージックの在り方が非常にわかりやすく表現されていると思います。
アメリカの動きとしては、いまをときめく人気ラッパーのDoja Catの大ヒット曲「I Don’t Do Drugs (Y2K Remix)」が実質的なドラムンベースリミックスになっています。彼女のようなシングルヒットを連発しているアーティストがオフィシャルでドラムンベース仕様のリミックスをリリースしている状況は無視できないと思います。
USのラッパーとドラムンベースということでは、NewJeans「Zero」にJ. Coleが主宰するドリームヴィル所属のラッパー、J.I.Dが客演したリミックスバージョンが登場しました。Jon Batisteが手がけた「Coke Studio」とのタイアップ曲「Be Who You Are」での共演の流れで実現したうれしいコラボです。