(G)-IDLEが2022年10月17日にリリースしたミニアルバム『I Love』より大ヒットしたシングル「Nxde」(ヌード)を解説します。
メンバー脱退の試練を乗り越えて
(G)-IDLEは2021年8月のスジンの脱退を経て、2022年3月に5人体制で再出発。初のフルアルバム『I Never Die』をリリースしました。この『I Never Die』からはシングル「TOMBOY」が韓国の主要音源配信サービスのチャートすべてを制覇する大ヒットを記録。デビュー時から活動を共にしてきたメンバーを欠くという大きな試練を乗り越えて、新生(G)I-DLEは力強い一歩を踏み出しました。
映画『クルエラ』(2021年)や『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』(2020年)を連想させるミュージックビデオもインパクト大な「TOMBOY」。タイトルには「お転婆」「ボーイッシュ」「活発な女の子」などの意味がありますが、ここでは近年リバイバル中のポップパンク調の演奏に乗せて自分らしく生きること(他人が自分についてどう言おうと関係ない、他人の基準に合わせる気はない)、さらにはジェンダーロールからの解放(女性らしさ、男性らしさからの解放)について歌っています。
「TOMBOY」のコンセプトに関して、作詞作曲編曲を手がけたリーダーのソヨンは「(G)I-DLEは偏見を打破することをテーマにしてきたグループ。その原点に立ち返った」とコメント。メンバー脱退という苦境に立たされたなか、一度グループの基盤を見つめ直そうという意図があったのかもしれません。
事務所が猛反対した過激なテーマ
そんな「TOMBOY」のヒットを受けて2022年10月17日にリリースされたのが、EP『I Love』からのシングル「Nxde」。この曲も引き続きソヨンが作詞作曲に関与。彼女は楽曲のトータルプロデュースも務めています。
メンバー自らソングライティングから振り付けまでを行うセルフプロデュースグループゆえの宿命なのかもしれませんが、(G)I-DLEは楽曲の方向性に関して事務所のスタッフと衝突することが少なくないそうです。この「Nxde」にしてもタイトルからして「過激すぎる」「扇情的だ」などの理由で当初猛反対を食らったとのこと。
それでもメンバー間に「事務所に反対される曲ほど売れる」というジンクスがあることから、ソヨンがパワーポイントを駆使して曲のコンセプトを事細かに説明してスタッフをなんとか説得。それでも事務所サイドは「審議会で引っかかるからタイトルだけでもなんとかほしい」と主張してきたため、最終的に「Nude」のスペルを「Nxde」にすることで手を打ちました。
メンバーとしてはタイトルが「Nxde」になったことを不本意に思っているかもしれませんが、個人的にはこれはこれで意味のあるタイトルになったと思っています。というのも、この曲が「Nude」という言葉に新しいイメージを与えることを目的として作られているからです。
ここでは「Nude」という言葉になぞらえて「ありのままの自分」や「飾られていない本来の姿」を表現すると共に、そこに向けられる性的な視線を交わして皮肉ることにより女性の美の価値や基準が男性によって規定されてきたこと、女性の客体化に抵抗しています。
「Nxde」のコンセプト
実際に歌詞を見てみると、曲のイントロダクションとしてまずこんなことを歌っています。「どうしてヌードのことそんなふうに考えるの? それはあなたの見方が品性に欠けているから。型にとらわれないで考えてみて。そうしたらきっと気にいると思うよ」
そしてセカンドヴァースの冒頭では「失礼します、ここにいらっしゃるみなさん。いやらしい作品を期待されていたのなら申し訳ございませんが、そんなものはありません。返金はあちらでお願いします」と、「Nude」という言葉がまとう猥褻なイメージに反抗。さらに曲の最後には「美しい私のヌード、綺麗な私のヌード、私はヌードで生まれた。変態はあなたの方」と主張。そしてサビでは「How do I look?」(私のこと、どんなふうに見えてる?)と繰り返し問いかけてきます。
この「Nxde」のメッセージを理解するにあたって不可分といえるのがミュージックビデオの存在。これがまた曲のコンセプトを踏まえた非常に緻密でコンセプチュアルな内容になっています。
MVのメインの舞台になっているのはバズ・ラーマン監督の同名のミュージカル映画でもおなじみ、19世紀末にパリのモンマルトルで開業したキャバレー「ムーラン・ルージュ」。ここで(G)I-DLEは「ムーラン・ルージュ」の踊り子とアイドルである自分たちを重ね合わせているわけですが、美術館で女性の彫像と共に並んで踊るシークエンスも含め、このMVでは全編にわたって見る側/見られる側の構図を巧妙に使った構成がとられています。
マリリン・モンローに込めたリスペクト
「Nxde」のMVで真っ先に気づくのは、MV全体がマリリン・モンローへのリスペクトを込めた彼女へのトリビュートとして製作されていること(エンディングではモンローに対する謝辞が述べられています)。メンバー全員が髪の毛をブロンドに染めていることに象徴的ですが、ビデオのいたるところにモンローのオマージュが散りばめられています。
たとえば冒頭、ピンクのドレスをまとったミンニがハート型のサインを持った大勢の男性に囲まれているくだりはモンローの主演映画『紳士は金髪がお好き』(1953年)のミュージカルシーン「Diamonds Are a Girls Best Friend」のオマージュです。
これはさんざんこすられている大ネタ中の大ネタ。古くはMadonna「Material Girl」(1984年)のMV、最近ではIVE「After LIKE」(2022年)のMVでも引用されていますが、それこそ映画『ムーラン・ルージュ』では主演のニコール・キッドマンがモンローの「Diamonds Are a Girls Best Friend」とMadonnaの「Material Girl」をマッシュアップした「Sparkling Diamonds」を歌うシーンがあったりします。「Nxde」のMVは映画『ムーラン・ルージュ』はもちろん、Madonna「Material Girl」の系譜も意識しているのではないでしょうか。
その後ウギがモンロー愛用の香水「シャネルの5番」をふりかけるくだりを経て、注目は「ムーラン・ルージュ」の楽屋で歌うソヨンのパート。ここの彼女の歌詞に「歪んだローレライ、男なんていらない。哲学書に夢中の本の虫、自立した女性」との一節がありますが、ローレライは『紳士は金髪がお好き』でモンローが演じたローレライ・リーのことです。
また、ソヨンが読んでいる本は実際にモンローが愛読していたウォルト・ホイットマンの詩集『草の葉』(1855年)。映画では典型的なブロンド美女を演じていたモンローも実生活では難解な詩集を読み込む読書家だった、ということを暗に示しているのでしょう。
ちなみに、ここでソヨンが着ているトップスはジャン=ポール・ゴルチエがデザインしてMadonnaが1990年の『Blonde Ambition Tour』で着用して有名になったコーンブラ。やはりソヨンはこのMVにMadonnaへのリスペクトも込めているのではないでしょうか。また、ここからは「Nxde」において「ブロンド」がひとつのキーワードになっていることもわかると思います。
さらに付け加えると、サビ前でパパラッチに写真を撮られている白いプリーツスカート姿のウギはモンローの代表作『七年目の浮気』(1955年)のオマージュ。そしてギリシャ彫刻と並んで立っている緑のドレスをまとったシュファは、これも『紳士は金髪がお好き』のモンローのコスチュームを参照しています。
こうしてモンローのオマージュをふんだんに盛り込んだ「Nxde」のMVの演出について、ソヨンは「『金髪で美人のおバカ』という大衆が作り上げたマリリンのイメージがあるが、その裏には知的で強い女性がいたことを改めて訴えたかった」とコメントしています。
MVの序盤にモンローの生涯が書かれた英字新聞が出てきますが、よく見るとその一面に書かれている見出しは「She’s so sexy, but stupid!」。(G)I-DLEは本来聡明で自立した女性でありながらも役柄上「セクシーだけどお馬鹿」との偏見を植え付けられたモンローのイメージを借りて、女性とその知性がいかに社会によって軽視されてきたかを訴えつつ、女性に対する固定観念を覆そうとしているのでしょう。
「Nxde」のMVはマリリン・モンローだけでなく、バンクシーからもインスピレーションを受けていることを最後のクレジットで明らかにしています。
それがMVの終盤、美術館に額装された「Nxde」と書かれた絵画がシュレッダーで裁断されるシークエンス。これは2018年、オークションに出品されたバンクシーの作品「少女と風船」が落札が決まった瞬間にあらかじめ彼が仕掛けていたシュレッダーによって裁断された事件に基づいています。当時バンクシーは犯行声明としてピカソの言葉「破壊の衝動は創造の衝動でもある」を引用していますが、これは「Nxde」のコンセプトにも当てはまるでしょう。
クラシック音楽のサンプリング
「Nxde」はこうしたパワフルなメッセージに負けないぐらい、音楽的にも強力なインパクトを有しています。ここではオペラ『カルメン』の「ハバネラ」をサンプリングしていますが、これが「Nxde」の持つ高い中毒性の源泉と言えるでしょう。
Red Velvet「Feel My Rhythm」でのバッハ「G線上のアリア」や「Birthday」でのガーシュウィン「Rhapsody in Blue」、BLACKPINK「Shut Down」でのパガニーニ「ラ・カンパネラ」、ITZY「Snowy」でのベートーヴェン「エリーゼのために」など、2022年のK-POPではガールグループを中心にクラシック音楽の引用がちょっとしたトレンドになっていましたが、この「Nxde」もそんな潮流から生まれた曲と位置付けることもできると思います。
「Nxde」大ヒットの余波
なお、これは韓国の音楽メディアで報じられていたのですが、「Nxde」の大ヒットが性犯罪の抑止につながった、というニュースがあります。
どういうことかというと、(G)I-DLEのグループ名は韓国語で読むと「ヨジャアイドゥル」になりますが、分解すると「ヨジャ」は「女性」、「アイ」は「子供」、「ドゥル」は「たち」を意味します。以前はインターネットで「ヨジャ/ヌード」「アイ/ヌード」と検索すると児童ポルノやわいせつなコンテンツが表示されていたそうですが、「Nxde」のヒット直後は同じワードで検索にかけても(G)I-DLEの情報で埋め尽くされるようになったとのこと。あくまで一時的なものかもしれませんが、ちょっと痛快なエピソードはあります。
「Nxde」は韓国語メインの歌詞であるにもかかわらずアメリカでも評判なようで、サンフランシスコで人気のFM局KMVQ-FMでは英語/ラテン語以外の言語の楽曲として初めて「Nxde」がオンエアされました。アメリカのラジオ局は保守的なところがあるので、これは非常にめずらしい事態といえるでしょう。現地の業界関係者も「『Nxde』のラジオデビューは非常に歴史的な出来事。K-POPが世界市場に進出する上で言語が障壁にならないことを改めて確認できた」とコメントしています。
そんな「Nxde」の評判も影響しているのか、「Nxde」を収録したEP『I love』は全米アルバムチャートで初登場71位にランクイン。(G)I-DLEは2020年にアメリカデビューしていますが現地のメインのチャートにランクインするのはこれが初めてのこと。のちの88 Risingとのタッグによるアメリカ進出の布石を築いています。