2023年1月11日に亡くなったYELLOW MAGIC ORCHESTRAなどの活動で知られるドラマー/シンガーの高橋幸宏さん。ここでは、彼が歌ったカバー曲の傾向などを通して「シンガー:高橋幸宏」の魅力に迫ってみたいと思います。
幸宏さんが歌うSMAP
幸宏さんが逝去されてもう10ヶ月が経過しました。直後は予想以上に喪失感が大きく、ラジオ等で追悼特集を企画する気にもなかなかなれなかったのですが、2023年1月26日放送のTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』の音楽コラムで幸宏さんが取り上げたカバー曲をオリジナルと共にオンエアしたところ、とても大きな反響がありました。
番組でオンエアしたのは、「I Saw The Light」(トッド・ラングレン:1985年作『Once a Fool…』収録)、「The Look of Love」(バート・バカラック:1995年作『Fate of Gold』収録)、「どんないいこと」(SMAP:1996年作『Portait with No Name』収録)の3曲。
特に「どんないいこと」に関しては「幸宏さんがSMAPをカバーしているなんて知らなかった!」と驚かれるリスナーの方も少なくなかったようです(なお、幸宏さんはお気に入りのSMAP作品として「どんないいこと」と共に「夜空ノムコウ」も挙げています。ストイックな歌詞が好きとのこと)。
この特集のリアクションを受けて思ったのは、シンガーとしての幸宏さんの魅力をより多くの人に伝えるにあたって、そして「歌手:幸宏さん」の良さを再確認するにあたって、カバー曲を切り口にして紹介するのは意外に有効なアプローチかもしれない、ということでした。
約50曲に及ぶカバー曲
なにせ幸宏さんがキャリアを通じて発表したカバー曲の数は、YELLOW MAGIC ORCHESTRAやTHE BEATNIKSなども含めるとおそらく50曲前後。1999年にはカバー曲を集めたベストアルバム/コンピレーションアルバム『colors: best of yt cover tracks』が『vol. 1』と『vol. 2』の2枚リリースされているほどですが(共に現在廃盤)、こうした数々のカバーから幸宏さんの音楽的嗜好はもちろん、彼が指針としたシンガー像も自ずと浮かび上がってきます。
それにしても、1970年代以降にデビューしたポップミュージックの歌手として50曲ものカバー曲を録音している幸宏さんはかなり特殊なケースだと思います(カバーアルバムの制作をライフワークとしているような歌手は除きます)。同世代のシンガーでは山下達郎さんもカバーは多い方かと思いますが、それでも音源としてリリースされているもので50曲には至らないでしょう。
しかも、幸宏さんの場合は達郎さんと違ってカバーアルバムを作ったことはありません。ソロアルバムを中心にコンスタントにカバーを歌ってきた結果、この膨大な量になったわけですが、これはある意味ポピュラー歌手的ともいえるちょっと特異なスタンスでしょう。
そもそもソロデビューアルバム『サラヴァ!』(1978年)で取り上げている3曲のカバーの選曲からしてポピュラー歌手的です(イタリアのカンツォーネ「ボラーレ」、シャンソンのスタンダード「セ・シ・ボン」、デューク・エリントン作のジャズスタンダード「ムード・インディゴ」)。
ブライアン・フェリーの影響
そんな幸宏さんの歌唱スタイル、ビブラートを効かせたちょっとナヨッとしたボーカルは、ご本人も認めている通りロキシー・ミュージックのブライアン・フェリーの強い影響下にあります(ご自身としてはデヴィッド・ボウイの要素も入っているとのこと)。
もっとも、幸宏さんの歌はフェリーよりも甘くて優しくてナイーブ。年齢を重ねるごとにその要素が強まっている印象でした。幸宏さんのフェリー作品のカバーには「Tokyo Joe」(坂本龍一さんと渡辺香津美さんの共演作を集めた1982年のコンピレーションアルバム『東京ジョー』収録)と「This Island Earth」(1983年作『薔薇色の明日』収録)がありますが、オリジナルと聴き比べてみるの一興でしょう。
これは細野晴臣さんが指摘されていたことですが、幸宏さんのボーカルは英語詞の歌とすごく相性がいいと思います。そのあたりはご自身も自覚的だったのでしょうか(幸宏さん曰く日本語で歌うことが恥ずかしかったところもあったそうです)、ソロ初期は海外ポップスのカバーに限らず自作の曲でも英語詞の曲が大半を占めていました。
とにかく、幸宏さんのボーカルでいろいろな歌を聴いてみたくなる、というところは確実にあると思います。幸宏さんは影響を受けたシンガーとしてブライアン・フェリーやデヴィッド・ボウイの他に(ソングライターではなくシンガーとしての)バート・バカラックも挙げていましたが、やはり彼にはポピュラー歌手的な資質があるのでしょう。それはブライアン・フェリーからSMAPにまで及ぶ選曲スタンスにも示唆的です。
ビートルズに寄せる愛着
もっとも、幸宏さんがカバーする曲にはっきりと傾向があるのも事実です。まず圧倒的に多いのがビートルズ。その内訳をざっと挙げていきましょう。
「Day Tripper」(YELLOW MAGIC ORCHESTRAの1979年作『Solid State Survivor』収録)、「It’s All Too Much」(1982年作『What Me Worry?』収録)、「Tomorrow Never Knows」(1988年作『Ego』収録)、「Taxman」(1994年作『Mr. YT』収録)、「I Need You」(1998年作『A Ray of Hope』収録)、「You’ve Got to Hide Your Love Away」(2009年作『Page by Page』収録)、「All You Need Is Love」(1990年作のコンピレーション『All We Need Is Love』収録)、「Something」(川上つよしと彼のムードメイカーズの2003年作『Singers Limited』収録)等々。
さらに言うと、ジョージ・ハリスン・フリークとして有名な幸宏さんが取り上げるビートルズの曲は当然ジョージが書いたものが多くなっています。ご本人はジョージについて「目立たない主役というか、目立つ脇役といった、僕が目指してきた理想の音楽家像そのもの」とコメントしていますが、これはYMOにおける幸宏さんの立ち位置にも通じるものがあるのではないかと。幸宏さんは、ジョージに自分を重ね合わせていたのかもしれません。
歌に宿るセンチメンタルリズム
ちなみに、現状発表されている幸宏さんの最後のボーカル曲であるMETAFIVEの2022年のアルバム『METAATEM』収録の「See You Again」は幸宏さんが入院中に小山田圭吾さんが書いた曲ですが、小山田さんによると「幸宏さんといえばやっぱりジョージ・ハリスンだろう」ということで思いきりジョージを意識して曲を作ったそうです。
「See You Again」にジョージ風のスライドギターがフィーチャーされているのはそういった経緯によるもので、それを踏まえて聴くとまた印象が変わってくるかもしれません。実際、「See You Again」を聴くと幸宏さんのボーカルにはジョージの成分も少なからず入っていることがよくわかります。声の甘さ、あの独特の柔らかい節回しはきっとジョージ由来のものなのでしょう。
幸宏さんはビートルズについて「彼らの持つセンチメンタリズムに惹かれた」と話していますが、これは幸宏さんの歌手/ソングライター双方の魅力に迫る上で重要な発言かもしれません。幸宏さんの歌といえば、やはりちょっと儚げで寂しげなところが大きな持ち味。加藤和彦さんが彼の歌について「『空が青い』と歌って幸宏みたいに悲しさを表現できるような人は他にいない」と言っていたことを思い出します。
カバー曲の傾向を探る
幸宏さんが歌ったカバー曲でビートルズに次いで多いのが、バート・バカラックが書いた曲です(1983年作『薔薇色の明日』収録の「The April Fools」、1990年作『Broadcast from Heaven』収録の「What the World Needs Now Is Love」、1995年作『Fate of Gold』収録の「The Look of Love」のほか、サブスク未配信のものでは『colors: best of yt cover tracks vol. 1』収録の「Walk on By」がある)。
幸宏さんはバカラックの音楽に惹かれる理由としても「男の悲しさというか、ダンディズムというか、センチメンタリズムというか。プレイボーイのようでいて、ストイックで、ウジウジしている。バカラックのそういうところに僕は惹かれます」とコメントしていました。
あとはニール・ヤング関連の曲が多いのも特徴です。「Only Love Can Break Your Heart」(1988年作『Ego』収録)、「I’ve Been Waiting for You」(THE BEATNIKSの2018年作『EXITENTIALIST A XIE XIE』収録)、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング「Helpless」(1984年作『Wild & Moody』収録)のほか、サブスク未配信のものでは「The Loner」も取り上げています(『colors: best of yt cover tracks vol. 1』収録)。幸宏さんはニール・ヤングに関しても「声を聞いているだけでも悲しくなる」と話しているので、やはりセンチメンタルな声や旋律に強く惹かれる方なのでしょう。
そしてサブスク未配信の音源も含めると、「青い影」でおなじみプロコル・ハルムのカバーも2曲取り上げています(THE BEATNIKSの1987年作『EXITENTIALIST A GO GO』収録の「Pilgrims Progress」と『colors: best of yt cover tracks vol. 2』収録の「Homburg」)。プロコル・ハルムは松任谷由美さんが強い影響を受けていることで知られていますが、ユーミンと同世代の幸宏さんも彼らに対する思い入れは相当強いようです。
邦楽もフォローする渋い選曲
いくつか渋いところも挙げていくと、トラフィック「Hole in My Shoe」、ランディ・ニューマン「I’ll Be Home」(共に1996年作『Portrait with No Name』収録)、ドノヴァン「Wear You Love Like Heaven」(THE BEATNIKSの2001年作『M.R.I. Musical Resonance Imaging』収録)、映画『セシルの歓び』挿入歌「Do You Want to Marry Me」、ザ・サークル「Turn Down Day」(共にSKETCH SHOWの2002年作『Audio Sponge』収録)、ブライアン・イーノ/ジョン・ケイルの「Lay My Love」(2006年作『Blue Moon Blue』収録)などが目を引くところ。その一方でレンブランツの「Follow You Down」(1992年作『Life Time, Happy Time』収録)も歌っているあたりが幸宏さんならではのバランス感覚なのでしょう。
このように幸宏さんのカバーは基本的に洋楽中心ですが、10曲ほどある邦楽カバーのセレクションもかなり興味深いものがあります。サブスク未配信のものでは加山雄三さん「白い浜」、三橋美智也さん「星屑の町」、いとうせいこうさん/Tinnie Punx「なれた手つきでちゃんづけで」、童謡の「シャボン玉」など。すべて一聴に値する素晴らしい仕上がりですが、特にレゲエ調にアレンジした三橋美智也さん「星屑の町」は絶品です。
高橋幸宏を構成する9枚のアルバム
最後に、幸宏さんが2017年にWOWOWのトーク番組『WOWOWぷらすと』に出演した際に挙げた「私を構成する9枚のアルバム」を紹介しておきます。幸宏さん探求のご参考になりましたら。
・The Beatles『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』(1967年)
・The Band『Cahoots』(1971年)
・Procol Harum『A Salty Dog』(1969年)
・Aretha Franklin『Let Me In Your Life』(1974年)
・Original Soundtrack『男と女』(1966年)
・Original Soundtrack『明日に向かって撃て』(1969年)
・Dionne Warwick『Dionne Warwick -The Bacharach Years』
・George Harrison『All Things Must Pass』(1970年)
・Sly & The Family Stone『Fresh』(1973年)
アレサ・フランクリンとスライ&ザ・ファミリー・ストーンが意外といえば意外ですが、幸宏さんが歌ってきたカバー曲と見事に一致するリストが微笑ましいです。これに加え、PHP新書から出ている自伝的内容の音楽ガイド本『心に訊く音楽、心に効く音楽:私的名曲ガイドブック』を読めば幸宏さんの音楽的背景への理解はより深まると思います。