BTSの全米ナンバーワンヒット「Dynamite」(2020年)と「Butter」(2021年)がヒットした背景を近年のディスコミュージック再燃の動きを軸にして読み解きます。
ディスコミュージック再燃の中で
まずは2020年8月リリースの「Dynamite」から。私見ですが、この曲は戦略的に1位を獲りにいった曲だと考えています。それに向けてBTSが初めて取り組んだ試みはふたつ。ひとつが全編にわたる英語の歌詞、もうひとつが本格的なディスコサウンドの導入です。
欧米のポップミュージックシーンではここ10年以上、ゆるやかながらもずっとディスコミュージックが流行しています。その象徴的なヒット曲が、2013年に全米1位になったフランスのDaft Punkによる「Get Lucky」。2014年の第56回グラミー賞最優秀レコード賞受賞曲です。
Daft Punk「Get Lucky」の登場によって本格化した、ディスコ再燃の動き。以降、ディスコサウンドを取り入れた曲が次々と全米チャートを制していきます。Mark Ronson「Uptown Funk feat. Bruno Mars」(2014年)、The Weeknd「Can’t Feel My Face」(2015年)、Justin Timberlake「Can’t This Feeling!」(2015年)、Doja Cat「Say So」(2020年)など。
「Dynamite」は、こうした流れを汲んで作られた曲と考えていいと思います。要は、広く一般にアピールする曲として非常に手堅いアプローチをとってきたということです。
「Dynamite」:小気味よいギターのカッティング
一口にディスコと言ってもいろいろなバリエーションがありますが、ここで「Dynamite」がどんなサウンドを打ち出してきたかというと、主に1970年代後半~1980年代前半にかけて活躍した伝説のディスコバンド、Chicのスタイル。「Dynamite」のあの小気味よいノリを生み出しているギターのカッティングはChicのギタリスト、Nile Rodgersのトレードマークです。
これは実際に聴き比べてみれば一発で理解できると思います。まずは「Dynamite」のインストゥルメンタルバージョンを1分すぎぐらいから聴いてみてください。曲が進行していくにつれてギターのカッティングが前面に出てきますが、これこそが「Dynamite」の軽快さを生み出す大きな原動力になっています。
続けてChicの代表曲、1979年にヒットした「Good Times」を冒頭から。このギターを弾いているNile Rodgersは、ディスコギターの可能性を開拓したパイオニア的存在。最初にディスコリバイバルの起点になった曲として触れたDaft Punk「Get Lucky」のギターも彼によるものです。このように、「Dynamite」は伝統的/普遍的なディスコミュージックの良さを体現した曲と言えるでしょう。
「Butter」:肝はヘヴィなベースライン
翌2021年5月リリースの「Butter」も「Dynamite」同様、ディスコリバイバルの流れを汲んだ曲です。「Dynamite」に比べて若干ファンキーな「Butter」の肝は、なんといってもヘヴィなベースライン。リリース直前のティーザーでもベースラインがクローズアップされていました。
念のため、よりはっきりとベースラインが聴き取れる「Butter」のインストゥルメンタル版も聴いてみてください。
それなりにディスコミュージックに精通している方であれば、この「Butter」のベースラインを聴けばある特定のディスコソングを思い浮かべるはず。それは、先ほど「Dynamite」のセクションでも聴いてもらったChicの「Good Times」。ベースラインの動きがわかりやすい3分10秒すぎから聴いてみてください。
この「Good Times」のベースラインはディスコはもちろん、ポップミュージックの歴史から見ても最も有名なベースラインのひとつ。これまでたくさんの曲に影響を与えてきました。たとえばヒップホップの最初のヒット曲として音楽史に名を残すSugarhill Gang「Rapper’s Delight」(1979年)のトラックはもろに「Good Times」を引用したものです。
そして映画『ボヘミアン・ラプソディ』の劇中でもフィーチャーされていたクイーンにとって2曲目の全米ナンバーワンヒット「Another One Bites The Dust」(1980年)、数々のヒップホップソングで使われてきた人気ディスコヒットVaughan Mason and Crew「Bonce, Rock Skate, Roll」(1980年)も「Good Times」の影響下にある曲と言っていいでしょう。
つまり「Butter」は、ディスコミュージックのごくスタンダードなフォーマットを取り入れているということ。しかも、これまでさんざんしゃぶり尽くされてきた「Good Times」のベースラインの旨みを最大限に引き出すことに成功しています。「Dynamite」にしても「Butter」にしても、オーソドックスなディスコミュージックの良さをしっかり現代のサウンドに昇華している点が幅広い世代に長く支持された勝因なのでしょう。
注目したい英語詞のディテール
歌詞についても触れておくと、「Dynamite」は比喩で引用している固有名詞や形容詞が現行のアメリカのポップスの基準に照らし合わせるとかなりベタと言っていいと思います。わかりやすいところでは「キングコングが転がる石のようにドラムを叩く」「レブロン・ジェイムズのように高くジャンプする」などのあたり。
こうしたある種のてらいのない歌詞が、古き良きアメリカをポップに描いたオールディーズ風のミュージックビデオと共に海外から見た「憧れのアメリカ像」として現地のリスナーに新鮮に映ったところは少なからずあるのではないでしょうか。
本国のアーティストでは見られない、韓国のBTSが初めての英語詞の曲で歌う世界観として非常にしっくりくる内容になっているということ。人気俳優がヒット曲の歌詞を朗読する『W Magazine』の恒例企画「Lyrical Improv」の2021年版で「Dynamite」が選ばれたのも、そんな背景と無縁ではないのかもしれません。
「Butter」の歌詞はもう一歩踏み込んで、BTSのメンバーが影響を受けた(主にJiminとJung Kook)「キングオブポップ」ことMichael JacksonやR&BシンガーのUsherの曲名を随所に引用しています。Michaelに関しては冒頭の「Smooth like butter, like a criminal undercover」での「Smooth Criminal」をはじめ、「Man in the Mirror」や「Rock With You」を連想させる一節も。
一方のUsherに至っては「U Remind Me」や「U Got it Bad」といった代表的なヒット曲と共に、「Don’t need no Usher, to remind me you got it bad」と彼自身の名前まで詠み込む大胆さ。こうした数々のメンションが、自分たちのルーツに対するリスペクトの表明として好感を持って受け入れられたところはあるかもしれません(後日UsherはSNSを通じてこの歌詞にリアクションしました)。
「Butter」以降高まるChicサウンドの需要
BTSは「Dynamite」と「Butter」によってそれぞれ異なる角度からChic / Nile Rodgersをトリビュートしたとも言えますが、Chicサウンドの需要は「Butter」のヒット以降さらに高まっている印象です。
特に2022〜2023年はその傾向が顕著で、まさに「Dynamite」と「Butter」の良さを凝縮したようなLizzoの「About Damn Time」が全米チャートで1位を獲得。さらに2023年の第65回グラミー賞で最優秀レコード賞を受賞しました。Daft Punk「Get Lucky」のリリースがちょうど10年前の2013年であることを考えると、現行シーンにおけるChicサウンドの根強い人気がよくわかると思います。
こうしたなかで御大Nile Rodgers自身に声がかかる機会も多く、極め付けは2022年のベストアルバムとの呼び声も高いBeyonce『Renaissance』収録の「Cuff It」。ギターを披露するだけにとどまらずソングライティングにも参加したNileの貢献もあって、この曲は全米チャートで最高6位のヒットを記録。第65回グラミー賞では最優秀R&Bソング賞を受賞しています。
直近のNile Rodgersの参加曲としては、BTSと同じHYBEの所属、LE SSERAFIMの「UNFORGIVEN feat. Nile Rodgers」にも驚かされました。
ここで興味深いのは、タイトルに「feat. Nile Rodgers」のクレジットが入っていること。そしてこの「UNFORGIVEN」が「About Damn Time」や「Cuff It」のようなChicスタイルのディスコサウンドではなく、前シングルの「ANTIFRAGILE」に引き続きRosaliaの影響を強く感じさせるヒップホップトラックであること。Nileを曲の「売り」として大々的に打ち出しながらも彼の本筋ではない路線の曲であえて起用してきたあたり、逆に業界内でのNileの需要の高さを感じました。
「Dynamite」と「Butter」のベストパフォーマンスは?
「Dynamite」と「Butter」のプロモーションではヒットの規模の大きさもあってアメリカや日本などテレビに出演する機会が多く、ダンスプラクティスなども含めると実にさまざまなバリエーションのパフォーマンスを楽しむことができました。
そんななかで強いてベストを選ぶならば、まず「Dynamite」は2020年9月放送のアメリカの公開オーディション番組『America’s Got a Talent』。韓国最大規模の遊園地『エバーランド』内にある60年代のアメリカをモチーフにしたエリア「Rock’s Vill」での撮影とあって、映像の世界観的には完全にMVの続編といった趣き。凝りに凝った複雑なカメラワークも満足度の高さにつながっています。
一方の「Butter」は2021年7月放送、アメリカの人気深夜トークショー『Tonight Show with Jimmy Fallon』。当時まだ開通前だった漢江のワールドカップ大橋で繰り広げたパフォーマンスは、当時のBTSの快進撃のスケールに見事にマッチしていました。