【BTS】V『Layover』解説〜ジャズへの憧憬がもたらした等身大の「キム・テヒョン」

※アフィリエイト広告を利用しています

BTSのシンガー、Vが2023年9月8日にリリースした初のソロアルバム『Layover』を主にサウンド面から解説します。

Vの音楽的バックグラウンド

Vがまとまったかたちの作品を作ったのは『Layover』が初めてですが、彼はこれまでにもソロとして単発でシングルをリリースしています。2019年の「Scenery」と「Winter Bear」、2020年の「Snow Flower」。そしてドラマのサウンドトラックへの楽曲提供として『梨泰院クラス』への「Sweet Night」(2020年)、『その年、私たちは』への「Christmas Tree」(2021年)があります。

Snow Flower (feat. Peakboy) by V

Vは3オクターブから4オクターブの音域を持つと言われていますが、彼のボーカルの真骨頂はやはりセクシーな低音のバリトンボイス。このボトムがしっかりしつつ甘さもある感じはなかな替えが効かない魅力があるでしょう。

Vは中学生のころからサックスを習い始めてサックス奏者になることも考えたことがあるそうですが、同時に彼はピアノにも嗜みがあります。そういう背景とも関係あるのでしょうか、シンガーとしてのVはジャズの素養を強く感じさせます。

実際、Vは2023年6月の『BTS FESTA』(毎年6月に開催されるBTSのデビューを祝うアニバーサリーイベント)のスペシャルコンテンツとしてジャズを歌うライブ映像を公開しています。タイトルはフランス語で『Le Jazz de V』(英語に訳すと「Jazz from V」)。

'Le Jazz de V' Live Clip #2023BTSFESTA

ここでVが披露したのは、スタンダードの「It’s Beginning to Look a Lot Like Christmas」(1951年)と「Cheek to Cheek」(1935年)の2曲。音源としての配信リリースを熱望せずにはいられない、その惚れ惚れするほどにスタイリッシュなパフォーマンスを目にすれば、Vの音楽的ルーツがどこにあるのかは明らかでしょう。

チェット・ベイカーの影響

Vはお気に入りのジャズシンガーとして、Sarah Vaughan、Louis Armstrong、Sammy Davis Jr.などの名前を出していたことがありますが、むしろ注目したいのはたびたびトランペット奏者でもあるChet Bakerを挙げていることです。Vのボーカルスタイルは(特に『Layover』においては)、おそらくChetのメロウで物憂げで神秘的な雰囲気から多大なインスピレーションを得ているはず。それは『Layover』収録の「Rainy Days」とChetの「I Fall in Love to Easily」(1956年)を聴き比べてみればよくわかるでしょう。

V 'Rainy Days' Official MV
I Fall in Love Too Easily

Chet Bakerというと、2010年代半ばあたりからサウスロンドンを中心とするイギリスでは彼の影響を受けたR&Bシンガー/シンガーソングライターが続々と台頭してきてちょっとした潮流を生み出していましたが、彼らは現代のR&Bやソウルミュージックのひとつの主流になっている密室性の高い静謐で内省的なサウンドに、Chet Baker流のナイーブで憂いを帯びたボーカルが抜群の相性を示すことを証明したようなところがありました。

英国発・チェットの遺伝子を継ぐ者たち

そんなChet Bakerの影響を強く感じさせるイギリスのシンガーソングライターとして、真っ先に思い浮かぶのはサウスロンドンに拠点を置くJamie Isaac。『Layover』でVが目指した世界観は、おそらくこのあたりなのではないかと推測しています。

Jamie Isaac - Doing Better [Official Video]

こうした2010年代半ばあたりからイギリスから出てきたChet Bakerの影響を感じさせるシンガーソングライターの中で、Vがお気に入りに挙げているのがBruno Majorです。彼はファーストアルバム『A Song for Every Moon』(2017年)でChetがレパートリーにしていたジャズスタンダード「Like Someone in Love」をネオソウル的な解釈でカバーしているのですが、これはJamie Isaacが行なっていたような試みをより構造的によりわかりやすく示しているといえるでしょう。

Bruno Major - Like Someone In Love (Official Audio)

こういうアイデアが、『Layover』の音楽像の土台になっているのではないでしょうか。この流れを踏まえて「Love Me Again」を聴くと、きっと通底するものが聴き取れると思います。

V 'Love Me Again' Official MV

この現実感が希薄な白昼夢を見ているような感覚、リリースタイミングの夏の終わりの気分にフィットするメランコリックな感覚は、やはりChet Bakerの歌がまとうイメージと重なるところがあるでしょう。そして、VはJamie IsaacやBruno MajorのようなChetの影響を受けたイギリスのシンガーソングライターたちと同じ方向を向いているようにも思えます。

「人間キム・テヒョン」の魅力

Bruno MajorがChet Bakerのボーカルについて、こんなことを話していました。「Chetはマイクに近いところで静かに歌うから、聴く人は彼のことをすごく親密に感じるんだ」と。

今回のVのアルバムはBTSのソロ作、特にボーカルラインのソロ作の流れに置くと、際立ってパーソナルな色合いの強い作品だと思います。BTSでは表現できなかった自分の愛着のある音楽を、日常生活の延長のような感覚でベッドルームで録音してパッケージしたような、そういう「近さ」「親密さ」があるでしょう。

V本人も「人間キム・テヒョンの魅力がそのまま入った作品」とコメントしていましたが、アルバムのジャケットのモチーフが彼の愛犬のポメラニアン「ヨンタン」だったりすることからも、その「パーソナル感」はVも強く意識した部分だったのではないでしょうか。そして、そういう表現の中でこのChet Bakerを意識したようなボーカルがもたらす「近さ」が絶大な効果を発揮しているのだと思います。

『Rolling Stone』のインタビューにおいて、Vが『Layover』についてこんなふうに話していたのが印象に残っています。「個人的には、このアルバムを仰々しいアートピースのようなものにはしたくありませんでした。聴いてくれる人にとってのささやかなプレゼントになるような、ナチュラルでシンプルなものにしたいと思っていました」

V 'Slow Dancing' Official MV

今回のVのアルバムには、良い意味で本当に驚かされました。いくらジャズに思い入れがあるとはいえ、BTSメンバーのソロ作が一巡するこの流れでこんなにもパーソナルで、かつ音楽的に「渋い」作品を用意してこようとは。

正直なところ、いまのVを取り巻く環境を考えると、全米チャートで1位を狙えるような曲、全米チャートで1位を獲るに見合ったクオリティの曲を作ることも十分できたはずです。それでもあくまで自分が本当にやりたいことを優先させて、これだけの素晴らしい作品を作り上げた志に胸を打たれます。こういうことは、世界の頂点に君臨するトップスターが簡単にできることではないでしょう。

V 'For Us' Official MV

なお、『Layover』はV自らの提案でNewJeansの総括プロデューサーを務めるミン・ヒジンがアルバムの制作全般(音楽から振り付け、デザイン、プロモーションに至るまで)、すべての陣頭指揮をとっています。そんなこともあってプロデューサーの布陣もNewJeans作品でおなじみの名前が並んでいますが、彼女が具体的にどのようなディレクションを行なったのかは非常に気になるところではあります。Vの『Rolling Stone』のインタビューによると「ヒジンさんはいろいろなアイデアを持っていて、私自身が見過ごしていたことも提案してくれました」とのことですが、はたして。

7人のソロ作が一巡して思ったこと

BTSのソロ展開のスケジュールに関しては兵役の関係もあるのでたまたまこの順番になったのかもしれませんが、結果的にカードの切り方が絶妙だったと思います。特に、Vの『Layover』が一巡目のトリを飾ることになったのは流れとして完璧でした。

この一年に及ぶ7人のソロ活動を通じてBTSの底知れなさ、実は非常に多様な音楽性を内包したグループであることを強烈にアピールすることができたのではないでしょうか。2022年6月、所属事務所よりメンバーの兵役義務履行に伴ってソロ活動を本格化していくことが発表された際、一年後に7人がこんな景色を見せてくれるとは夢にも思いませんでした。

[슈취타] EP.18 SUGA with V

そんななか9月20日には、BTSのメンバー全員が所属事務所と契約の再延長を結んだことが明らかになりました。これによって、2025年からの完全体でのグループの活動再開はほぼ確定。こうなってくるとメンバーそれぞれがソロ活動で得た収穫がどういうかたちでグループにフィードバックされることになるのか、ますます楽しみになってきます。「Yet to Come (The Most Beautiful Moment)」で7人が歌っていたことは、なにひとつまちがっていませんでした。

『Layover』により深く没入するために

最後に『Layover』のサウンドと相性が良さそうなアーティスト/作品を追加でいくつか紹介しておきましょう。先述したJamie IsaacやBruno Majorと同じChet Bakerの影響下にあるサウスロンドンのシンガーソングライターとしては、Puma BlueとQuinn Oultonが特におすすめ。共に夜の闇の中に吸い込まれていくような感覚が味わえます。

Quinn Oulton - Throw Your Weight (Official Audio)

また、Vはプレイリスト等でアメリカのR&Bシンガー、Daniel CeaserやH.E.R.をピックアップしていたことがありましたが、静謐でジャズのニュアンスも含む前者は『Layover』が標榜する世界観にかなり近いものがあると思います。Vがプレイリストに入れていた「Get You」はもちろん、2023年4月リリースの最新アルバム『Never Enough』もぜひ。

Get You (feat. Kali Uchis)
Daniel Caesar - Let Me Go (Official Music Video)
タイトルとURLをコピーしました