BTSのリーダーにしてラッパー、RMが2022年12月2日にリリースした初のソロアルバム『Indigo』。『TIME』誌の2022年ベストK-POPアルバム5選にも選出されたその豊潤な音楽性はどのようにして培われたのか、ここでは『Indigo』に至る彼のソロ活動を振り返ってみたいと思います。
BTS随一の精力的なソロ活動
RM(Rap Monster)はBTSの一員として2013年にデビュー後、ソロでは2015年に初のミックステープ『RM』を発表。この『RM』はほぼすべての収録曲がアメリカのヒップホップのビートジャック(文字通り既存の楽曲のトラックに新たなラップを乗せる、ミックステープでよく使われる手法)で占められていることもあり、おそらくは権利の関係から現在一部を除いて公式には配信されていません。
その後、2018年にはオリジナル曲で統一した2作目のミックステープ『mono.』をリリース。『Billboard』アルバムチャートで初登場26位にランクインして当時のK-POPソロアーティスト最高順位を更新しました。
こうしたミックステープのリリースと並行して、RMは他アーティストとのコラボにも積極的に取り組んできました。実際、BTSのラップライン(ラップ担当。SUGA、j-hope、RMの3名で構成)で現状客演の数が最も多いのは他でもない、RMです。彼は韓国国内のアーティストはもちろん、ウォーレン・G、ワレイ、フォール・アウト・ボーイ、HONNE、リル・ナズ・Xといった欧米の人気アーティストとの共演も果たしています。
RMは韓国のDrunken Tigerとコラボした「Timeless」(2018年)で90年代ヒップホップ調のトラック(熟練ヒップホップリスナーの方にわかりやすく言うとDJプレミア風のトラック)を見事に乗りこなしているように、オーセンティックなスタイルにも余裕で対応できるラップスキルを持ち合わせています。ただ、彼の関心は次第に「歌心」のあるラップへと傾きはじめ、キャリアを重ねるごとにその比重は強くなっていきます。
ドレイクからの影響
RMは自身のラップスタイルの変遷について、2021年の『Rolling Stone』のインタビューでこんなコメントをしています。「僕はヒップホップを黄金時代のNASやエミネムから聴き始めましたが、転機になったのはドレイクが2010年にリリースしたデビューアルバム『Thank Me Later』です。ラッパーがラップと共に歌も歌っていることに当時衝撃を受けました。ドレイクのデビュー以来、多くのラッパーが歌を取り入れるようになりましたが、まさにあれが節目だったのです」
このコメントにもあるように、RMがドレイクの「ラップと共に歌も歌っている」スタイルに強い影響を受けていることはまちがいないでしょう。RMの最初のミックステープ『RM』にはドレイクのブレイクのきっかけになったミックステープ『So Far Gone』(2009年)収録の「Lust for Life」引用した「Drifting」がありますが、現在のRMのスタイルの萌芽はすでにこの時点で顔をのぞかせていたのかもしれません。
そんなドレイクからの影響がわかりやすく打ち出されているのが、BTSのアルバム『Wings』(2016年)に収録されているRMのソロ曲「Reflection」。アンビエントなトラックのもと、歌とラップの境界線をいくようなメロディアスなボーカルスタイルは明らかに初期のドレイク作品を参照したものでしょう。
この「Reflection」の延長線上にあるのが、同じくBTSのアルバム『Love Yourself: Answer』(2018年)収録のソロ曲「Trivia 承:Love」。そして、それをさらに推し進めたひとつの完成型といえるのが冒頭で触れた2018年のミックステープ『mono.』になるのでしょう。
傑作『mono.』の登場
『mono.』のモチーフになった作品としては、やはりドレイクの『So Far Gone』と『Thank Me Later』が真っ先に思い浮かびますが、加えてドレイク以降の内省的なR&B、初期のザ・ウィークエンドやジェネイ・アイコなどの影響もうかがえます。
自分がBTSに強い関心を持つようになったのは、この『mono.』がひとつのきっかけでした。なかでもロンドンに拠点を置くHONNEがプロデュースを手がけた「seoul」との出会いは鮮烈で、深い憂いを帯びたナイーブなボーカルと「ドレイク以降」の感覚でニュージャックスウィング(1980年代後半〜1990年代前半にかけてR&B/ヒップホップに一大潮流を築いたダンスサウンド)を再解釈したようなサウンドとの素晴らしい調和には当時とてつもない衝撃を受けました。
ミックステープ全体を通してもちょうど本格的に漁り始めていた韓国インディーとの親和性が高く、それまでBTSに抱いていたイメージを大きく揺るがす出来事として忘れられない体験になっています。
個人的な思い入れは別としても、『mono.』がRMにとって大きなターニングポイントになった作品であること、彼のソロアーティストとしての音楽性/音楽的ビジョンを確立した重要作であることに異論はないと思います。それはHONNEの「Crying Over You」(2019年)や「badbye」に参加していた韓国インディーのeAeon「Don’t」(2021年)など、以降も『mono.』で築いた関係性が継続していることからもうかがえるでしょう(この2曲は音楽的にも『mono.』との連続性を感じさせます)。
韓国インディ勢との接近
『mono.』以降のRMのソロワークスは基本的に『mono.』で打ち出したスタイルの延長線上にありましたが、2021年6月リリースのひさびさのソロシングル「Bicycle」(ダウンロード販売とストリーミング配信は2022年11月に開始)は今後の新機軸を予感させるものがありました。大きなくくりとしては『mono.』の流れを汲んでいるともいえますが、サウンド面においてオーガニック化が図られているのに加え、RMのラップもより歌に接近しています。
この「Bicycle」は、いまにしてみれば『mono.』の発展型であると共に『Indigo』の予告編でもあったことがよくわかるでしょう。そういった意味では『Indigo』のリリース3ヶ月前、2022年9月に公開になった韓国のBalming Tigerとのコラボ「Sexy Nukim」(2022年)もまた『Indigo』のテンションに微妙に連動している印象を受けます。もっとも、それは音楽的な部分よりもむしろRMの韓国インディーシーンに対するスタンスによってもたらされているところが大きいのかもしれません。
そのテンションは、『Indigo』を経た2023年3月リリースのSE SO NEONのSo!YoON!との共演「Smoke Sprite」へと受け継がれていくことになります。RMには、いずれ韓国インディー勢とのコラボアルバム(もしくは彼が監修した韓国インディーのコンピレーション)の制作を期待したいところ。近年の活動を見る限り、RMは(もちろん音楽性に共鳴しつつも)ある種の使命感のようなものをもって韓国インディー勢とのコラボレーションに取り組んでいるように思えるのです。