BTSのリーダーにしてラップライン(ラップ担当)のRMが2022年12月2日にリリースした初のソロアルバム『Indigo』の全曲を解説します。
- 序章:生活に根ざした音楽
- 『Indigo』のコンセプト:最も偉大な芸術とは?
- 01. Yun with Erykah Badu
- 02. Still Life with Anderson .Paak
- 03. All Day with Tablo
- 04. Forg_tful with Kim Sawol
- 05. Closer with Paul Blanco, Mahalia
- 06. Change pt. 2
- 07. Lonely
- 08. Hectic with Colde
- 09. Wild Flower feat. youjeen
- 10. No. 2 with parkjiyoon
- 終章:年齢を追うごとに積み重ねられていく「色」
序章:生活に根ざした音楽
『Indigo』に関してはアルバムリリース翌日の12月3日、BTSの公式YouTubeチャンネル「BANGTANTV」にて「Indigo: Album Magazine Film」と題された約40分の映像が公開されています。これが実質的なアルバムのセルフライナーノーツ/オーディオコメンタリーといえる内容で、『Indigo』の成り立ちや背景を知るにはまずこちらをご覧になることをおすすめします(以下、RMの発言は基本的にこの映像からの引用になります)。
『Indigo』の関連映像としては、アルバムリリース当日の12月2日にRMの「Tiny Desk (Home) Concert」も公開されました。
「Tiny Desk Concert」はアメリカの非営利公共ラジオ「NPR」(National Public Radio)の人気コンテンツ。NPRの実際のオフィスの一部を使用した「小さなステージ」で行われるライブパフォーマンス企画ですが、コロナウィルスの感染拡大を受けて2020年に「Home Concert」としてリニューアルされています。2020年9月にはBTSも出演しているのでご存知のARMYの方も多いでしょう。
「Tiny Desk Concert」といえば、音楽好き/音楽通に人気の高い映像コンテンツのひとつ。その筋に向けたプロモーションとして非常に有効な手段といえるでしょう。RMは併せて12月5日に韓国ソウルのライブハウス『Rolling Hall』で200名限定の『indigo』リリース記念ライブも行っていますが、このあたりから今回のアルバムがどのように聴かれてほしいのか、彼の意図するところがぼんやりとでも見えてくるのではないでしょうか。
RMの「Tiny Desk Concert」出演とライブハウスでのリリースコンサート開催は、一足先にソロアルバム『Jack In The Box』をリリースしたj-hopeがその初パフォーマンスの場をアメリカの老舗音楽フェス『Lollapalooza』に設定したことに比べると一見対照的ですが、それぞれがアルバムの本質的な魅力を表現するのにふさわしいステージを的確に選んでいる印象があります。
『Indigo』のパッケージ版のジャケットには「Use it: while taking a walk, a shower, drive, coffee-break, work, dance, read a book, when flowers bloom or fall」と記されていますが、それはこのアルバムが日々の生活に根ざした音楽、生活の積み重ねから生まれた音楽であることの表明なのだと思います。「Tiny Desk (Home) Concert」や小規模でのライブハウス公演のようなリラックスした飾らないステージのチョイスは、こうしたアルバムのコンセプトに基づくものなのでしょう。
『Indigo』のコンセプト:最も偉大な芸術とは?
「Indigo: Album Magazine Film」でのRM自身の説明によると、今回の『Indigo』は彼の20代最後のアーカイブとのこと。前作のミックステープ『mono,』(2018年)が2016年から2018年までの記録だとするならば、『Indigo』は2019年から2022年までの日記とアーカイブの役割を果たしているのだそうです。さらに「2019年から構想を描いてきた最もキム・ナムジュンらしいアルバムで、自分にとっての新しい出発点。自分が感じてきた情緒、感情、苦悩、思いをそのまま込めた一種の日記のようなアルバム」と『Indigo』を位置づけ、「初めて自分でなにかを作った感じがします」と感慨深げに話していたのが印象的でした。
タイトルの『Indigo』については、前作『mono.』のモノクロの雰囲気とは対照的なものにしたかったそうです。また、インディゴは天然の藍色の染料でありジーンズの基本色であることから、自分の初めての正式なアルバムをインディゴという基本色から始めることを思いついたのだとか。
アルバムのジャケット右下の台の上にはたくさんの色あせたジーンズが積み重ねられていますが、つまりこれはアルバム全編にわたってさまざまな色のグラデーションが表現されていること、そして先述した通り『Indigo』が自分の生きてきた20代のアーカイブ、成長の記録であることを示唆しているのでしょう。RMはAdeleのアルバムのタイトルがそのときどきの彼女の年齢であることを引き合いに出して説明していました。
こうした話からもわかると思いますが、やはり『Indigo』は非常にパーソナルな色合いの濃いアルバムといえるでしょう。RMも「そのときそのときの自分の率直な姿を詰め込もうとしました。ミックステープを制作していたころは自分の考えや好みを主張することに重きを置いていたため、リスナーがそれを消化するための十分なスペースがありませんでした。その点、今回のアルバムは自分の経験を通じて得た感情や学びを掘り下げているから、よりオープンで共感しやすいものになったと思います」とコメントしています。
さらに「最も偉大な芸術とは、最も個人的な話を、最も普遍的に話すことが最も高い境地である、と考えています」とも話していましたが、これはポン・ジュノ監督が映画『パラサイト 半地下の家族』(2019年)で第92回アカデミー賞作品賞を受賞した際のスピーチで引用したマーティン・スコセッシ監督の金言「最も個人的なことが最もクリエイティブなこと」を連想させます。
『Indigo』の大きなポイントとしては、全10曲中8曲にゲストを招いている点が挙げられると思います。これについてRMは「自分がキュレーターを務めた展覧会のようなもの」と話していましたが、彼にとって数々の参加アーティストの立ち位置はいわゆる「ゲスト」とは微妙に異なるのかもしれません。
実際、『Indigo』ではゲストとの関係性を表す表記が「feat.」ではなく「with」。RMにしてみればアルバムの参加アーティストに対する距離感は「対話相手」に近い感覚があるのではないでしょうか。
01. Yun with Erykah Badu
アルバムのオープニングを飾るのは韓国の画家、「単色画の巨匠」と呼ばれたユン・ヒョングン画伯(1928~2007年)の名前を冠した「Yun」。曲の冒頭と最後に挟み込まれる独白も彼によるもので、実は『Indigo』のジャケットに写り込んでいる絵画もユンの作品『青色』。
RMは疲れたとき、つらいときは『青色』の前に立って対話を交わすそうですが、この『青色』がユンにとって最後の習作であること、自分のスタイルを完全に確立する前の作品であることを考えると、RMは当時のユンに今回初めてのソロアルバムを作った自分の姿を重ね合わせているのかもしれません。
RMは冒頭でいきなり「トレンドセッターなんてクソくらえ、時間を巻き戻すんだ」とラップしていますが、ここで彼が掲げているのはユンの哲学に基づいたテーマ「アートを志す前にまず人間であれ」。このフレーズからは2022年6月にBANGTANTVで公開された「防弾会食」中、RMが涙ながらに語った「このまま活動を続けていたら人間として成熟することができない」という訴えを思い出します。
音楽的にはオーセンティックなネオソウルの「Yun」は、そのパイオニア的存在であるErykah Baduとの相性も抜群。RMはビートを聴いてすぐにErykahの参加をスタッフに提案したそうですが、「自分で言ってあり得ないと思いました」とのコメントに彼のエリカに対する畏敬の念が伝わってきます。RMはErykahの歌を「スペルボイス」(魔術的な歌)と形容していましたが、「Yun」の曲中ではまさにBillie HolidayやNina Simoneの系譜を継ぐ「魔力を秘めた歌」として彼女の歌を演出している印象です。
なお、RMは「Yun」のサウンドを評して「ブーンバップ」と形容していましたが、一般的に「ブーンバップ」は「サンプリングを用いて作られた90年代的なヒップホップサウンド」のこと。きっとRMのニュアンス的には「90年代的なヒップホップ/R&Bサウンド」をイメージして使っているのだと思います。
02. Still Life with Anderson .Paak
タイトルの「Still Life」は「静物画」の意味がありますが、ここでRMは「Still Life」を文字通りに「まだこれからも生きていく」「自分の人生は始まったばかり」と解釈。芸術用語を前に進み続ける決意表明に変換しています。「自分の人生は静物画のごとく展示されているように映るかもしれないが、僕はこのフレームから抜け出して動き続けるんだ」ということなのでしょう。
これも先述した2022年6月の「防弾会食」における告白がオーバーラップしてきますが、ファンキーな曲調のせいもあって後ろ向きな印象はありません。むしろ、いろいろなわだかまりを振り払って未来に踏み出していくイメージ。これはBruno MarsとのSilk Sonicでの活動でもおなじみAnderson .Paakの底抜けの明るさ、ポジティブなエネルギーが曲のテーマと有機的に絡み合った結果でもあるのでしょう。
PaakとRMはBANGTANTVで2022年6月に配信されたBTS『’Proof’ Live』に続く二度目の共演。「Yet to Come (The Most Beauftiful Moment)」のパフォーマンス時、本当に楽しそうにドラムを叩いていた彼の姿が忘れられません。
03. All Day with Tablo
意表を突く4つ打ちのアップテンポ。パーティーソング的な楽しさがありながらもアレンジは実にスタイリッシュです。
共演のTabloは、言わばRMのヒーロー的存在。彼が小学5年生のころヒップホップに興味を持つきっかけになったのがTabloの所属する韓国ヒップホップのレジェンド、EPIK HIGHの「Fly」(2005年)でした。
RMの歌詞の最後の部分「We know we fly all day」はきっとそのオマージュなのでしょう。彼曰く「当時Tabloのスタイルが好きでした。若いころに彼のラップを聴いて希望をもらったんです。学園祭でよく歌っていましたね。Tabloとは4年前からコラボのプランを練っていましたが、彼は自分と一緒にやるのであれば暗い曲は作りたくない、明るい曲をやろうと言ってきました」とのことです。
歌詞のメッセージは「アルゴリズムに左右されずに自分らくしく生きよう、本当に自分が夢中になれるものを探求し続けよう」と聴き手を鼓舞するエンパワーメントソング。Tabloが「俺たちの『DNA』には『Dynamite』が組み込まれているんだ」とBTSのヒット曲を詠み込みながらラップしてRMに敬意を表しているのが微笑ましいです。
RMはインタビューでEPIK HIGHと同時期にデビューした韓国ヒップホップの偉大な先達、Dynamic Duoも引き合いに出してリスペクトを示していましたが、今回は初のソロアルバムということもあり自らのルーツを改めて確認するような曲を作りたかったのでしょう。こうした「歴史」を重んじるRMの真摯な姿勢は同じくコリアンヒップホップのレジェンド、Drunken Tigerとコラボした「Timeless」(2018年)からもうかがえます。
04. Forg_tful with Kim Sawol
アコースティック調の穏やかなフォークソング。韓国インディー的な心地よいメロウネスがあります。ヴァーチャルインストゥルメントは一切使わず、すべてアンプラグドで制作を行ったとのこと。アコースティックギターや口笛のほか、パーカッション代わりに机を叩いたりジーンズをこすった音も入っているのだとか。まさに生活から生まれたオーガニックなサウンドが落とし込まれている、アルバムのコンセプトを体現するような楽曲といえるでしょう。
この「Forg_tful」は『Indigo』で最初にレコーディングされた曲。2019年4月、「Tiny Desk (Home) Concert」にも参加していたギターのjohn eunと共にRMのホームスタジオで録音したそうです。
歌詞はすべてRMが書いていますが、当初は恥ずかしくてKim Sawolにコラボレーションのオファーができなかったとのこと。3年以上前に録った曲ということもあり再レコーディングも検討したようですが、「日記のようなアルバム」とのアルバムコンセプトを尊重して最終的にそのまま収録することにしたのだとか。
印象的なタイトルは「忘れやすい」「物忘れ」などの意味。「生きていると毎日いろいろな傷や痛みを負うけれど、僕たちはそれに麻酔をかけながら(ある種強制的に忘れるようにして)生活を送っているんだ」という切ない歌詞からはRMの人生観が垣間見えるようです。
05. Closer with Paul Blanco, Mahalia
RMのミックステープ『mono.』に収録の名曲「seoul」を手がけていたロンドンのHONNEによるプロデュース。RMとのコラボは彼らの「Crying Over You」(2019年)に続いて三度目ということもあって盤石の安定感。HONNEが得意とするネオソウル~アンビエントソウル路線の曲で、静謐でいて夜の闇の中に吸い込まれていくようなスケールを持つサウンドが圧巻です。
曲の途中に留守番電話のメッセージが入っていますが、これは物理的な距離を縮めたくてもなかなかそれが叶わないカップルのもどかしさを綴った悲しいラブソング。RM自身もたびたびリピートしたというパク・チャヌク監督の映画『別れる決心』(2022年)とのコラボレーションMVが2023年2月に公開されていますが、もともと劇中の刑事ヘジュン(パク・ヘイル)と被害者の妻ソレ(タン・ウェイ)との関係性を踏まえて作られた曲なのでは、と思えるほどに抜群の相性を示しています。
RMによると映像とのマッチングを考慮して若干ローファイなアレンジを加えたそうですが、そんなディーテルのこだわりも功を奏しているのでしょう。
Erykah BaduやCorinne Bailey Raeの流れを汲むイギリスのシンガーソングライターMahaliaと、RMが「韓国のR&Bシンガーでいちばんのお気に入り」と絶賛するPaul Blancoの好演も特筆に値するでしょう。
ふたりの心の距離を声一発で描き出す、夜の暗がりの中にポツンとたたずんでいるようなMahaliaの儚さ。そして、Paul Blancoの嘆きにも似たエモラップ的表現がもたらす恋愛の狂おしさ。完成度の高さでは『Indigo』収録曲の中でも上位にくる曲だと思います。
06. Change pt. 2
ここからアルバムは後半に突入。RMのソロ曲が2曲続きますが、これを境にして感情の流れが大きく変わっていきます。
この曲では『mono.』収録の「badbye」に参加していた韓国インディーのシンガーソングライター、eAeonがプロデュースを担当。RMは2021年にも彼の「Don’t」でコラボしていましたが、現状RMにとって最も信頼を寄せているクリエイターのひとりなのでしょう。
実際、アルバム中で最短の2分弱の尺ながらラディカルな構成も含めてすさまじいクリエイティビティが注ぎ込まれています。ノイジーでインダストリアルなシンセサウンドで始まって、途中ダブステップ調に切り替わったと思ったら、最後はRobert Glasper的なネオソウルに着地する、という破天荒ぶり。ビートが次々と切り替わっていく展開は、きっとタイトルの「Change」に基づいているのだと思います。
この曲はRMが2017年にワシントンDC出身の人気ラッパー、Waleとコラボした「Change」の続編と位置付けられているとのこと。そのWaleとの「Change」がポジティブで楽観的な「変化」を歌っていたのに対し、こちらは先の「Forg_tful」にも通じる諦観した眼差しで「変化」と対峙しています。
「どうせ物事は変わっていくんだ。友達も恋人も変わっていく」と吐き捨てるように歌ったと思えば、ダブステップにビートスウィッチするパートでは「何年も前のインタビューなんてクソくらえ。いまの俺はぜんぜん違う。Wikipediaに書いてあることも、そのほかのあらゆる情報もクソだ」と感情を爆発させています。
07. Lonely
アコースティックの内省的なパートとアリーナロック調の外向的なパートで構成されていますが、これは人間キム・ナムジュンとBTSのRMとの対比をサウンドで表しているのだと思います。2022年4月にBTSの公演先であるラスベガスのホテルで書かれた曲であることを考えても、エンターテイナーの光と影を題材にした曲であることはまちがいないでしょう。
この曲の歌詞について、RMは「ここで吐き出していることは自分の陰のようなものですが、そういう自分自身の率直な感情を見せることに対して恐れを感じてしまうことがあります。でも本来芸術とはそういうものであり、そうすべきなんです。時に自分の弱い部分を見せることにより、それを大きなものに変えることができるんです。まだ難しさや怖さはありますが、最近はそういう自分の正直な面を自然に音や映像にすることができるようになってきました」とコメントしています。
RMの説明にもあるように、ここで綴られているのは痛々しいほどに赤裸々な心の叫び。冒頭からいきなり「俺はいまFxxkin’孤独だ。すごく寂しい。誰か電話してくれ」と隔離されている状況に対する苛立ちをぶちまけると、ホテルの部屋に缶詰になっている様子を説明したあとで「いま俺は自分の居場所のない街を憎んでいる。早く家に帰りたい。時間ばかりが過ぎていって、なにもかもが嫌になってくる」と精神的に追い込まれていくさまを生々しい筆致で描写しています。
『Indigo』の2曲のソロ曲、「Change pt. 2」と「Lonely」はARMYにとって非常にショッキングな内容ではありますが、BTSのリーダーから発せられた勇気ある告白は近年問題になっているアーティストのメンタルヘルスを考える上で重要な問題提起になるでしょう。
08. Hectic with Colde
RM自身はこの曲を「シティポップ」と形容していましたが、まさにそんなフィーリングもあるライトなディスコ/ファンク。テンポ感やサウンドのイメージはColdplayとコラボしたBTS「My Universe」にも通じるところがありますが、こちらはよりジャジーでスタイリッシュな仕上がりです。
サウンド的に「Closer」とも連動する曲ですが、「Closer」が会いたくても会えない相手へのもどかしさに苛まれる夜を歌っていたのに対し、こちらは会いたくもない人々と酒を飲んで過ごした自己嫌悪にかられた夜が綴られています。どちらもつらい夜を描いていることに変わりはありませんが、実に見事な対比です。
歌詞を要約するとこんな内容です。「昨日は慌ただしかった。ロマンティックなことは一切なかった。人、人、人に会った。理由、理由、理由が嫌いだ。一日が死んでいくよう。夜のオリンピック大通り。色あざやかなライトと行き交うタクシー。もううんざりだ」
アウトロの「ソウルのための悲しい夜の夜想曲」なるフレーズも美しく、都会の夜の憂鬱を歌った題材はまさにシティポップ的。曲の締めには「We still love and hate this city」とソウルの街に対する愛憎を述べていますが、当然これは『mono.』収録の「seoul」を意識したフレーズでしょう。
RMは自分が生まれ育った街への複雑な感情を綴った「seoul」においても「ソウル、愛と憎しみが同じ言葉ならばお前を愛している。ソウル、愛と憎しみが同じ言葉ならばお前を憎んでいる」と、「Hectic」の件の一節とほぼ同じことを歌っています。街の情景描写的にも「seoul」の続編と言ってもいい内容ですが、ポイントは2018年と2022年でRM自身を取り巻く環境が劇的に変わっていることでしょう。
なお、ここでの韓国人シンガーソングライター、Coldeとのコラボレーションは、このあと彼のシングル2023年5月公開の「Don’t Ever Say Love Me」での再共演へと発展していくことになります。
09. Wild Flower feat. youjeen
アルバムからの第一弾シングル。正直に告白すると、クレジットを見た時点ではちょっとした不安がよぎりました。日本でも活動していたことがあるyoujeenの大仰なボーカルは果たしてRMの世界観にフィットするのだろうか、ちょっとパワフルすぎやしないか、と。
しかし、これは完全に杞憂でした。アルバムの感情の流れとしては、まちがいなくピークにくる感動的な曲。ここで表現されている激しいエモーションは、一連のEminemとシンガーとのコラボレーションを彷彿させます。Rihannaとの「Love the Way You Lie」(2010年)やEd Sheeranとの「River」(2017年)あたり、ぜひ聴き比べてみてください。
歌詞についてはぜひご自身で一字一句チェックしてみることをおすすめします。2022年の激動のBTSを見守ってきたARMYにとって、これは涙なくして聴けない曲でしょう。
名声と成功のなかで、自分らしさを貫くことの葛藤を歌うRM。彼はそんな引き裂かれそうな自分の立場を花火と野の花に対比させて「華やかだが儚い花火と、穏やかだが生命力のある野の花。自分は野に咲く名もなき花でありたい」と歌っています。
「どこまでが僕の最後だろうか。全部嫌気がさす、一から十まで何もかも。このうんざりする仮面はいつ剥がされるのだろう。僕はヒーローじゃないし、悪役でもない。なんでもない僕」——ひとつひとつのフレーズが、あまりにも痛烈に突き刺さります。「Wild Flower」で歌われているのは、救世主として崇められることの苦しさが主題のひとつだったKendrick Lamarの新作『Mr. Morale & The Big Steppers』(2022年)にも通底するテーマでしょう。RMによると、この題材は2015年からずっと考えていたテーマとのこと。つまり完成までに7年近い歳月を要したことになりますが、彼が「自分の20代を象徴している曲」と位置付けているのも納得です。
10. No. 2 with parkjiyoon
嵐の夜を乗り越えて穏やかな朝を迎えたイメージ、もしくは、さまざまな葛藤を経て新たな世界が広がっていくイメージ。タイトルの「No. 2」は「チャプター2」ということなのでしょうか。parkjiyoonの疲労感を癒してくれるような優しい歌声は一縷の光明のよう。RMのボーカルも含めて、より素の声に近いかたちで処理されていることがまた曲に温かみをもたらしています。
冒頭でparkjiyoonがRMを諭すように「もう過去を振り返らないで。あなたはベストを尽くしたのだから」と歌っていますが、最後には彼女とRMがふたりで同じフレーズを口ずさむ優しいエンディング。アルバムがRMの感情の変遷を辿ったひとつのストーリーになっていることがよくわかるでしょう。
こうして聴いていくと、RMの『Indigo』もj-hopeの『Jack In The Box』もJinの「The Astronaut」も、どれもなぜいま自分たちが立ち止まる必要があったのか、それを作品を通して丁寧にARMYに語りかけてくれているようにも思えてきます。
終章:年齢を追うごとに積み重ねられていく「色」
RMは『Indigo』が自分の成長の記録であることを、そのときどきの自分の年齢をアルバムのタイトルにしてリリースし続けているAdeleを引き合いに出して説明していましたが、彼も同様に年齢を追うごとにまた違った色の名前のアルバムを作り続け、それがライフワークになっていくのかもしれません。RMが『Indigo』のリリース時にリスナーへ向けたメッセージからは、そんな彼のソロ活動に対するスタンスがうかがえるでしょう。
「このアルバムでものすごいメッセージを伝えたいというよりは、一曲ぐらいはあなたに気に入ってもらえる曲があるのではないか、と考えています。本のしおりとして挟んである銀杏の葉のように、ときどき取り出して聴いてみたり、プレイリストに選ばれるようなアルバムであってほしい、というささやかな願いを持ってみようと思います」
最後に付け加えておくと、ラップラインのひとりであるSUGAが2022年12月に開始したトークコンテンツ『SUCHWITA』の第一回ゲストは当時『Indigo』をリリースした直後のRM。ホストのSUGAとの盃を交わしながらのリラックしたトークは、『Indigo』を聴いた上で見るとなかなか味わい深いものがあると思います。冒頭で紹介した「Indigo: Album Magazine Film」と共に、ぜひ。