BTSのシンガー、Jiminが2023年3月24日にリリースしたデビューアルバム『FACE』を主にサウンド面から解説します。
ジミンの音楽的バックグラウンド
本題に入る前に、Jiminの音楽的背景を簡単にまとめておきましょう。2021年の『Rolling Stone』のインタビューによると、彼が影響を受けたアーティストとして挙げているのはMichael JacksonとUsher。Jiminのシンガー/ダンサーとしての持ち味を考えると、彼のインスピレーション源としてこのふたりの名前が挙がってくるのは納得のいくところでしょう。
Michael Jackson「Black or White」は『BTS FESTA PROM PARTY 2018』でJUNG KOOKと共にダンスパフォーマンスを披露。Usher「No Limit」は2017年にアリゾナ州のFM局「LIVE 101.5 Phoenix」のインタビューでお気に入りの曲としてピックアップ
こうした音楽的嗜好からもうかがえますが、BTSの音楽面におけるR&B要素を担っているのはJiminだと思っています。New Kids On The Blockや*NSYNCの昔から、ボーイバンドは伝統的にそのときどきのR&Bのトレンドを積極的に取り入れていくスタイルが基本路線として確立されていますが(あえてR&Bから距離を置いていたOne Directionのような例外もあります)、そんななかにあってグループに必要不可欠になってくるのが確かなR&B的資質を備え持ったシンガーです。
代表的な例を挙げるならば、やはり*NSYNCにおいてのJustin Timberlakeになるでしょうか。突き詰めると彼のようなR&Bセンスに長けた才能を確保できるかどうかがボーイバンドの音楽的強度を左右することになると思うのですが、まさにBTSにとってはJiminの存在がグループの音楽面における大きな強みになっていると考えます。
耽美的な世界観との親和性
先述した通りJiminは影響を受けたアーティストとしてMichael JacksonとUsherを挙げていますが、彼の中性的でデリケートなボーカル、スムーズでエレガントなダンスパフォーマンスから連想するのは、やはり前者のMJになるでしょう。その認識はどうやら世界共通のようで、軽く検索するだけでもJiminとMJのボーカルやダンスを比較する動画が簡単に見つけられると思います。
実際、フェイバリットとして「Man In The Mirror」(1987年)や「You Are Not Alone」(1995年)を挙げていたこと、『BTS FESTA PROM PARTY 2018』の際にJUNG KOOKと「Black or White」(1991年)でダンスパフォーマンスを披露していたことなど、JiminとMJを関連づけるトピックはたくさんありますが、彼が多くのMJチルドレンと一線を画しているのは耽美的な世界観との親和性の高さです。
「Blood Sweat & Tears」(2016年)、「Fake Love」(2018年)、「Black Swan」(2020年)など、BTSには耽美的/退廃的なイメージを打ち出したミュージックビデオがいくつかありますが、こうしたゴシックなテーマで一際光り輝くのはやはりJiminではないでしょうか。特に現代舞踊とバレエの素養に基づいた「Black Swan」の非現実的なまでに美しいパフォーマンスは語り草でしょう。
そんなJiminが内包する耽美的感性が持ち前の繊細なR&Bフィーリングと共にひとつの柱としてしっかり打ち出されている点において、『FACE』は彼の初めてのソロアルバムにふさわしい非常に満足度の高い作品だと思います。
たとえばゲスト参加した憧れのSOL(BIGBANG)のシングル「VIBE」(2023年1月)では基本的にJiminのR&Bスタイリストとしての側面に光が当てられていましたが、『FACE』に関しては初の自己名義のアルバムだけあって彼の良さが全方位的に凝縮されている印象です。
ザ・ウィークエンドとの共通項
Jiminの独自性は、肉体性の強い音楽であるR&Bと一見相容れないように思える耽美的な感性を違和感なく共存させて表現できる点にありますが、それはそのままアルバム『FACE』の最大の魅力になっています。
ここで思い浮かぶのは、『FACE』でのJiminのスタイルの先駆けといえる音楽性を持ったアーティストの存在。MJからの影響を耽美的/退廃的なイメージを通して打ち出すことによって唯一無二の個性を築き上げ、世界の頂点に躍り出たカナダのR&Bシンガー、The Weekndです。
MJを最大のアイドルとするThe Weekndは、2011年にミックステープ『House of Balloons』でデビュー。以降アルバムを発表するたびにMJにオマージュを捧げ、最新アルバム『Dawn FM』(2022年)ではMJの黄金期のプロデューサーであるQuincy Jonesをゲストに迎えているほどです。
その一方で彼はデビュー当時から退廃的なイメージをまとい、先述した『House of Balloons』ではSiouxsie & The BansheesやCocteau Twins(いずれも1980年代を中心に活躍したゴシックロックを象徴するバンド)の楽曲をサンプリングするなど、当時のR&Bシーンにおいて強烈な異彩を放っていました。The Weekndの登場は、ほぼ同時期にミックステープ『Nostalgia, Ultra』を発表したFrank Oceanのデビューと共に従来のR&Bの価値観を揺るがす大事件だったのです。
80年代シンセポップの潮流
The Weekndは2019年、『Billboard』シングルチャートのトップテン圏内に実に57週(約1年2ヶ月!)にわたってランクインし続けた前人未到のモンスターヒット「Blinding Lights」によって世界最高峰のスーパースターへと上り詰めますが、a-ha「Take On Me」(1984年)やRod Stewart「Young Turks」(1981年)など80年代シンセポップ作品との類似性がたびたび指摘されたこの曲は単に記録的なセールスを叩き出しただけではなく、音楽的にもポップミュージックシーンに一大潮流を築くすさまじい影響力を放ちました。
たとえば、Dua Lipa「Physical」(2020年)、TWICE「I Can’t Stop Me」(2020年)、The Kid LAROI「Stay」(2021年)、Harry Styles「As it Was」(2022年)などは、「『Blinding Lights』以降」のヒット曲と位置付けることができるでしょう。
2023年現在、「Blinding Lights」の衝撃の余韻はまだそこはかとなくシーンに漂っていますが、『FACE』からの勝負曲として用意されたJiminの「Like Crazy」は、明らかにこの流れを踏襲して作られています。プロデュースを務めるのは、ご存知BIG HITのハウスプロデューサーであるPdoggとGhstloop。ここ数年でさんざんこすり尽くされてきたサウンドゆえ、新味を出すのは相当むずかしかったと思いますが、さすが一連の「『Blinding Lights』以降」の楽曲の中でも屈指の完成度。The Weekndとシンガーとしての資質や立脚点が近いことが結果的に他との差別化につながったようにも思います。
いずれにしても韓国人ソロアーティストとして史上初、アジアのソロアーティストとしては1963年の坂本九「Sukiyaki」以来60年ぶりの全米シングルチャート1位の快挙にふさわしい、会心の一撃と言っていいでしょう(なお、イギリスのシングルチャートでは最高8位を記録)。
この「Like Crazy」に限らず、アルバム『FACE』では全編を通してThe Weekndのシグネチャーであるダークで不穏なR&Bスタイルの影響が聴き取れます。彼のディスコグラフィから『FACE』の収録曲に近いテイストのものをピックアップしてみたので、ぜひこの機会に聴き比べてみてください。
『FACE』が押し広げた可能性
初めての本格的なソロ活動に際して欧米のトレンドど真ん中のサウンドで打って出て、見事素晴らしい成果を残したJimin。彼のソロシンガーとしてのポテンシャルを世界のポップミュージックシーンに強烈に示したという意味で、このあえての正攻法は大当たりでした。
押し曲である「Like Crazy」の英語バージョン制作をはじめ、アルバムリリースの2日後に出たリミックスEPが最近の欧米の流行をきっちり踏まえたハウスリミックスとUKガラージリミックスであったことなど、このプロジェクトからはアメリカを中心とした海外マーケットで一定の結果を残したいという意欲が強く表れていた印象です。
その果敢なチャレンジの結果歴史的な大記録をももたらした『FACE』は、BTSのソロ展開の可能性を一気に押し広げることにつながったのではないでしょうか。メンバーの兵役義務履行に伴ってソロ活動を本格化していくことが発表になった2022年6月の時点において、少なくとも自分は将来こんな興奮を与えてもらえるとはまったく想像できませんでした。Jiminの初ソロアルバム『FACE』が果たした功績は、時間の経過と共に重みを増していくことになるはずです。